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津南・雪の上を歩いて体感、苗場山麓ジオパーク

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津南・雪の上を歩いて体感、苗場山麓ジオパーク
各地に暮らす人の営みには、大前提として自然環境が大きく影響しています。ことりっぷweb連載「暮らしと、旅と...」津南編では、雪んこに扮して雪の集落を歩いたり、雪下にんじん掘り、古代布アンギン編みなどを体験してきましたが、すべて地形を含めた自然環境が長い年月をかけて造り上げた津南エリア独特の風土の賜物でした。津南編最終回は、津南の自然環境を自分の足で歩いて感じるスノートレッキングに挑戦します。昨年12月にジオパークに認定されたばかりのここでは、スノーシューを履くのは目的ではなく手段。ジオ(地球)を感じる雪の散歩へ出発です!
案内をしてもらったのは、苗場山麓ジオパーク事務局の中澤英正さん。「津南町自然に親しむ会」会員でもある中澤さんは、Uターンで地元に戻り、自然をテーマにフィールドワーク続けてきた結果、この仕事に就きました。農と縄文の体験実習館「なじょもん」にある彼のデスクを見てみると、植物の図鑑や事典、そして原稿用紙、カメラ、ノートがいつでも取り出せるように置いてあります。野外観察に出かけることの多い中澤さんは、津南の自然観察のエキスパートです。実習室の壁にかかった可愛らしい動物などのイラストは、中澤さんの自然観察の成果でありました。

3月に入ってもまだまだ3m近い雪が積もっている津南。車で移動していても白い迷路のような道が続き、どこに行っているのかわからないくらいといえば大げさではないでしょう。だって、真っ白な壁だらけだから。でも、晴天の多い3月からは、昨年12月に認定されたばかりの苗場山麓ジオパークを体感するのにふさわしい季節。ジオを感じられる場所と事務局のみなさんがおすすめする、秘境・秋山郷の入り口にある「石落とし」へ中澤さんの案内で見に行くことになりました。
津南見玉公園から見えるという、通称「石落とし」と呼ばれる絶壁までは道路脇からスノーシューで入っていって20分ほど歩きます。でも、ここは雪がない季節は公園の駐車場から歩いてすぐの場所なんです。以前は、地元の人たちも来ることがないくらい木が生い茂っていた場所ですが、せっかくの眺望を楽しんでもらうためにと有志が協力して整備を行ったのだとか。

ということは、ふだん使われている歩道は冬は雪があることで姿を隠し、冬は自由に辺りを散策できるということです。もちろん、ところどころ穴などがあるので地域をよく知っているガイドと一緒でないと落ちてしまうこともあるので危険なのですが。ジオパーク事務局のあるなじょもんでは、スノーシューでカモシカを探しに行くなど、冬の週末にジオを感じに行くツアーを行っています。今日も何か動物を見つけられるといいですね、と中澤さんは歩きながら周囲の足下をきょろきょろ見渡していました。頻繁に見つかるのはキツネとウサギの足跡で、ちょこんちょこんとかわいらしい穴が樹木の下に向かってあるのが見られます。彼らは、エサを求めて木の皮をはいだり、新芽を探したり。これは冬だからこそ感じることのできる森の営みなのです。

「ほら、このにおいを嗅いで、ちょっと舐めてみてください」と中澤さんが木の枝の先を私に差し出しました。ん?どこかで嗅いだことのある清涼な香り......「湿布の香りがするでしょう?」この木はアズサでした。標高177mから苗場山山頂2145mまでのダイナミックな河岸段丘のある地形のなかに落葉広葉樹の森が広がっており、そのなかには個性あふれる植物が1300種も。そのほとんどを把握している中澤さんは、写真を撮る傍ら、日々動植物のイラストをノートに描きとめています。「イラストは写真と違って細部までよく観察しないと仕上がらないものだから、対象物を覚えるよね」といいます。なるほど〜。

雪は音を吸収し、森の中は静寂なるひととき。私たちの足音だけがサクサクと響きます。時折、ガサガサッと木から鳥が飛び立つと、雪が落ちてくるのでびくっとします。「歩いていると、ときどきカモシカが出るんですけどね、必ずこちらを見るんですよ」という中澤さん、木の陰からカモシカがこちらを見つめていたら最高の出会いになるのですが。

自然の中に行くのは気持ちがいいけど、その先の味わい方を知っているともっと楽しい。そのひとつの手だてとして動植物のこと、地形のことを経験として知識におきかえていくのは自分の世界が広がっていくようで、なんだかわくわくしますね。
スノーシューで雪の上を歩いているうちに、ぱっと視界が開け、絶壁が見えてきました。大きい!壮大なる柱状節理の壁こそが「石落とし」。マグマが冷え固まってできた火成岩が柱状に割れて、時折、ガラガラと岩が崩れ落ちて音が鳴ります。それで、「石落とし」と呼ばれるようになったとか。私が行ったときにはその現象には遭遇できませんでしたが、前日は聞こえたと中澤さんはいいます。まさに、大地の鼓動!特に雪解けの近づいた春先がたくさん音が聞こえるそうです。私も聞きたかった!

「石落とし」と私たちのいる公園の間は谷になっており、その下を中津川が流れています。「石落とし」の標高は約685m、中津川は355m。下から見上げれば東京タワーと同じ高さの崖が壁のように連なるさまは圧巻です。上から赤土層、柱状節理岩肌など4層から成る岩壁は、およそ30万年前に噴火した苗場山の溶岩が流れて堆積したもの。それが群馬県や長野県を流れてきた中津川による浸食で、ゆっくりと峡谷が形成されてきました。地球規模の環境変動や大地の動き、そして中津川の働きによってできた河岸段丘を中津川は蛇行しながらどんどん北上し、vol.1でご紹介した「しなの荘」脇を流れる信濃川と合流して日本海に注いでいきます。河岸段丘の段差となっている溶岩の下には豊富な湧水があるのが特徴で、そのひとつ「龍ヶ窪」は日本名水百選に選ばれています。
たくさんの雪は時を経て湧水になります。津南に雪がたくさん降るのは、苗場山を含む三国山脈の仕業といわれています。ユーラシア大陸からの季節風が山脈にぶつかり、麓である津南や十日町にたくさんの雪をもたらします。それで、雪下の微生物の働きや雪解け水によって瑞々しい、もっちりとしたおいしいお米がとれるのです。それがかの有名な魚沼産コシヒカリです。

河岸段丘を降りてなじょもんに戻り、縄文遺跡を復元した縄文ムラを見せてもらいました。このダイナミックな地形の場所には、3万年前の旧石器時代から人が住んでいます。10年前、縄文研究のために東京から津南に移住をしてきた佐藤信之さんも、中澤さんと同じジオパーク事務局に働いています。彼の専門は考古学見地からの土地のジオを調査すること。文字ができる以前のことはわからないことが多いのですが、発掘調査などで解明される"そこに生きていた人たちの物語”が面白そうだと子ども時代から考古学に興味をもっていたという佐藤さん。

「ここには、そこに現存していたという”本物”があるでしょう?」確かに。ここには、人間の生活スタイルが変わっていく過程が地形とともにあると佐藤さんはいいます。大型動物がいた次代と農耕をする次代の狭間に、縄文時代があり、そこで川沿いに定住し、集落を作り、およそ移動に適さないような土器を作り、このエリアで1年暮らす工夫や智慧をもったのです。周囲の自然環境を資源として利用する=自然と共生することをしてきた残り香が、雪もあるお陰で、この場所にはあまり壊されずに残っています。それが古代布アンギンや縄文土器、冬は足跡が残るので狩りをしやすいなど、自然と人間のかかわりが見えてくるのがこの苗場山麓ジオパークだと佐藤さんはいいます。
「今の季節はここのお年寄りたちはうずうずしていますよ。それはそろそろ雪の下で育ったアクの少ない山菜がとれるから。秋はきのこ。そういった植物採集の営みは縄文から連綿と続いていることなんですよ」。ここにある暮らしの物語を考古学につなげながら淡々と語る佐藤さんは、自分もまた、歴史の一部になって未来を紡いでいくひとり。ジオパークは全国各地36地域が認定されていますが、それぞれの地域の環境によってまた、暮らしの物語が変わってくるのが起伏に富んだ日本列島の面白いところです。そもそも、ジオパークとは地球に親しみ、地球を学ぶための「大地の公園」。温泉も湧き、過去に大きな地震も経験したことのある津南、そして同じ苗場山麓ジオパークに含まれるお隣の長野県栄村。多雪地帯を背景として体験型の環境や縄文文化に代表される歴史文化、防災について知る場所なのです。

降雪の多さは不便もありますが、この辺りの人たちはずいぶんと昔から自然環境と人間の身体性を上手に使って暮らしているのだなと感じました。たくさんの雪解け水が大地に注ぎ、それを栄養にして育った植物を人間の智慧で必要のための道具を作る。それを使う。自然の恵みを受け取る。そんなひとつながりの物語のなかへ旅をして、ここは、地球の胎動と人の営みを3mの雪下からゆっくりと掘り起こすように感じる場所でありました。

さて、次週は「暮らしと、旅と...」初の海外編です。カナダ・トロントの骨董市で見た、暮らしの風景をお届けする予定です。どうぞお楽しみに。

※掲載の内容は、記事公開時点のものです。変更される場合がありますのでご利用の際は事前にご確認ください。

文:

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