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【連載・暮らしと、旅と…】奄美大島・縁に導かれてたどりついた場所

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【連載・暮らしと、旅と…】奄美大島・縁に導かれてたどりついた場所
トラベルライター朝比奈千鶴による、暮らしの目線で旅をする本連載。奄美群島をめぐる旅で最後にたどりついたのは、奄美大島の「陶工房カフェ 夢紅(ゆめくれない)」。南の島らしいゆるやかなムードが流れるこのカフェは、「きっと好きだと思いますよ」とこれまで訪れた島々でおすすめされた場所です。さて、どんなところなんでしょうか。
陶芸家の始めた海辺のカフェと聞けば、おそらくオーナーのセンスを生かした素敵なインテリアのお店だろうと想像はつきます。けれども、「夢紅」という演歌にも似た響きを持つ店名からどんな雰囲気の場所なのかまったく予想できませんでした。いったいどんな意味がこの店名にこめられているんでしょう。
「夢紅」の入った一軒家は、奄美空港から市内へ向かう道沿いに建っていました。

目の前には用安海岸と砂浜、そして鮮やかな緑。そんな景色を望む室内には、心地のよい風が通り抜けています。
「ここはね、テレビも冷暖房も置いていないの」とオーナーの中嶋紅(くれない)さんが声をかけてくれました。テラス席に向かう大きな窓は開け放たれています。島の小学校が閉校になる際に窓ガラスを木枠ごと持ってきてそのまま利用したため、それに合わせた窓のサイズとなったそうです。頑丈なサッシじゃなくて台風の季節は大丈夫なんでしょうか?

「意外と大丈夫なのよ。石垣島では台風前に窓の外に網を張ると教えてもらって、そうしてみたら風速がずいぶん和らぐの。気のせいかもしれないけど、うちはそれで問題なしよ。この古い木枠、カタカタと音が鳴るのも風情があっていいじゃない?」と紅さんは、夫の夢元(むげん)さんの一声で始めることになったというお店のことについて教えてくれました。

ここは、もとは一軒まるごと陶芸家である夢元さんのアトリエと器のギャラリー、そして家族の住む場所でしたが、器を買いに来た人においしいコーヒーを出したいとカフェを始めました。夢元さんは制作で忙しいので、カフェは紅さんが任されることに。「本人はお気に入りのイタリア映画のワンシーンに登場するGaggia(ガジア)のマシンでエスプレッソを入れたかったはずなのに、なぜか私がカフェをやることになったのよ」。そういって紅さんは笑います。ここまで書くと、店名の由来もわかりますね。そう、仲のよいご夫婦のそれぞれの名前を1文字ずつとって店名にしたのです。

いつか家を建てるときにとこれまで保存していた古材を使い、夢元さんが自らの手で一軒家を建てました。縁のある山口県美祢市の寺の庫裏(くり)に使われていた立派なイチョウの木をもらい受け、柱にしています。でも、大工経験のない夢元さんの設計により、最初に建てた家は台風の際に水が入ってダメになってしまいました。現在の建物は失敗を生かして建て直した二軒目で、緑に映える風情あるたたずまいです。
沖永良部島の「CAFE Typhoon 」でおすすめされた通り、ランチを頼みました。メニューを見ると、ランチはペペロンチーノやアンチョビ、日替わりのスペシャルなどパスタが4種類あります。そのなかから、卵好きの自分のアンテナにビビッとひっかかったカルボナーラオムレツを注文。カルボナーラオムレツは夢紅の看板メニューで、これをお目当てに島にやってくる人もいるのだとか。カルボナーラをオムレツにするとはどんなものが出てくるのだろうかとワクワクして待っていたら、夢元さん作の器に盛られた料理は、黄色くてまんまるのビジュアル。まるでお好み焼きのようです。

パリパリに焼けたオムレツの表面にナイフを入れると、とろとろの卵の黄身が出てきます。ひとくち食べると、とろりとした卵のソースと香ばしく焼けた表面の卵とパスタが混ざった独特の食感です。マイルドな卵ソースは、余ったら皿をなめてしまいたいくらいおいしいのなんの。
卵は、10年以上前から「障害者支援施設ワークセンター奄美」で飼われている放し飼いの地鶏が生んだ有精卵を使っています。「この卵を作っている人たちは、卵を拾う、洗う、詰めるを誠心誠意行っているんですよね。何よりも割ったときに健康で感じがよい卵が出てきたから、それからここの卵なの」。

話を聞いているうちに続々とお店にお客さんが入ってきました。みなさんが何を頼むだろうと聞き耳を立ててみると、やはり、カルボナーラオムレツが一番人気のようです。紅さんは卵やチーズ、ベーコンなどを混ぜたソースと茹でたてのパスタを和えて、ひとつひとつ丁寧にフライパンで焼いていきました。

私は、彼女の手が空くまでの間に「Gaggia」のエスプレッソマシンで入れたコーヒーと、リピーターに人気のプリンをいただきます。昨年亡くなった紅さんの息子さんが大好きだったというプリンは、紅さんの得意なスイーツ。目を閉じててもできるくらいにたくさん作っているそうです。やさしいお母さんの味にファンが多いのもうなづけました。
店内には、夢元さんの作品や書物が置かれていました。それらを眺めながら過ごすのも気持ちがよいものです。この日は曇りのち雨。しとしとと降る雨や波の音、風のにおいを感じながら過ごすと、どこにいるのかわからない感覚に陥ります。

オーナーの夢元さんは、奄美大島の島人たちのやさしさに触れ、大感激をした知り合いに誘われて18年前に島にやって来ました。ひと目で用安海岸にあるこの場所を気に入ってしまい、さまざまな偶然が重なってここで築窯。その後、一家が移り住みました。

導かれてそこに生きることを選択した人たちが作った陶工房は、奄美大島の自然のリズムに溶け合ったギャラリー&カフェとなり、心地よい空間を感じたくて島内外から人がやってくるようになりました。
口に触れるとほっと和む夢元さんの陶器でいただくコーヒーと、紅さんとのふわりとしたおしゃべりを楽しむひととき。ああ、近所にこんなカフェがあったらと思いますが、「夢紅」は海を目の前にした奄美大島のこの場所にしかありません。
観光客向けでもなく島民向けでもなく意図して作ったわけではない場所が、たまたまみんなが目指してくる場所になってしまったのです。
でも、実は紅さんは今、こんな平和そうな空間にいながらも大きなストレスがあるといいます。その理由は、この頃の世の中の動きが激しく、その影響が奄美大島にもあるということ。
「観光を主流にして、島にお金を落としてもらうという感覚で物事が運ばれていくことに不安を感じています。観光は、気をつけないとよいものを一気になくしてしまう可能性もありますからね」と紅さん。なぜそう思うのかと尋ねてみました。

「観光や経済を目的にしたために、島の人たちの心の豊かさが失われていくことが心配です。ここは、感激するほど星が見られる場所です。でも、みんながひとつ電気をつけるだけでどれほどその美しい星が見えなくなるか。せっかく自然が豊かな島に住んでいるのに、与えられた自然を大切にして星を愛でるような潤いのある暮らしをするといいのになと思います」と、紅さん。島といえど現代社会に忙しく働いている人たちにはなかなか厳しい言葉です。

「でもね、来て来てと、旅人を招くなら自分たちのための最高の島にしなくちゃ。旅人にとって最高の場所は、住人にとっても最高の場所なの。地域独特の美しい暮らしがそこかしこに存在しているからこそ、旅人もお邪魔できるのよね。そうっと暮らしに参加させてもらう、それが私は旅人側から見た旅の醍醐味だと思うわよ」と、紅さんは私にいいました。確かに、あちこちに出かけていって再度足を運びたくなる場所というのは、そこに暮らす人たちの暮らし、自分にとっての異文化に触れた経験のある場所です。

夢紅の心地よさは、夢元さんと紅さんの夫婦が旅人側でもあり、旅人を受け入れる側でもあるため、両方の目線から暮らしや旅を見つめていることから生まれているものなのかもしれないなと思いながら帰途につきました。

連載「暮らしと、旅と...」、奄美大島編はここで終わり。次回は、奄美群島をめぐった旅を旅程とともにまとめます。お楽しみに。

※掲載の内容は、記事公開時点のものです。変更される場合がありますのでご利用の際は事前にご確認ください。

文:

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