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山形・猫ノ欠片【おさんぽ小説 #3】
荻窪のブックカフェ「6次元」を運営しながら、ブックディレクターとして全国を旅しながら書籍や連載の執筆活動に取り組んでいる、ナカムラクニオさん。

そんなナカムラさんの記憶の断片を綴る連載「おさんぽ小説」の第三回目。今回の舞台は山形です。

山形・猫ノ欠片【おさんぽ小説 #3】

焼けたフライパンのような炎天下のアスファルト。
太陽は、溶けた水銀のようにぎらぎら光っていた。

僕は山形市内にある文翔館の中庭を歩いていた。ここは大正5年に建てられた煉瓦造りの旧県庁舎。そして、気品漂う美しいモンブラン色の猫に出会った。古い建物がよく似合うプリンセスのような猫だ。

「あまりに美しい。まるで夢のようだ……」
「夢のようだ、とでも思ってるんでしょ。わたしにあった人間たちは、みんなそういうのよ」と猫は、僕に話かけてきた。

「あなたは美しい。まるでこの建物に住むお姫様のようだ」
「ありがとう。知っているかしら。海が美しいのはみんなの涙でできているから。この文翔館が美しいのは、みんなの夢の欠片でできているからなのよ」
「それ、どういう意味?」
「現実は、夢の欠片をつなぎあわせて作られているの」
そう言うと猫は、優雅に歩き出した。

道路を渡ると、ちいさなパン屋さんに入っていった。看板には「プリンセス」と書いてある。昔からある街のパン屋さんだ。僕は急いで追いかけて、店の中に入った。

「すみません。いまここに猫が入ってきませんでしたか?」
「あなたも見たのね。あの子を」
「え? どういうことですか?」
「あの子は、猫じゃないの。うちのフラワーモンブランなの」
 
僕は、すぐにそのモンブランを食べてみた。パリパリのパイ生地に包まれたマロンクリーム。甘すぎず、絶妙なバランスの味だ。

「どう? おいしいでしょ?」……あの猫の声だ。
「うん、おいしい。とても優雅な気分になるね」
「よかった。ありがとう」

気がつくと、そのモンブランを完食していた。そして、冷たいアイスコーヒーがカウンターの上で待っていた。僕は、何かを思い出そうとしたが、何も思い出せなかった。

どこかで猫が、ニァアと鳴いていた。まあ、気にする事はない。
きっと何もおきなかったのだろう。

プリンセス

山形県 山形市七日町3丁目5-18 1F MAP

023-624-0008

7:00~20:00

日祭日

プリンセス

ナカムラクニオ

ナカムラクニオ

ブックディレクター/荻窪のブックカフェ「6次元」店主。著書に『人が集まる「つなぎ場」のつくり方』『さんぽで感じる村上春樹』『パラレルキャリア』、責任編集短編小説集『 ブックトープ山形』など。

https://twitter.com/6jigen

※この物語の一部は、フィクションです。登場する人物・名称などがすべて実在するとは限りません。

※掲載の内容は、記事公開時点のものです。変更される場合がありますのでご利用の際は事前にご確認ください。

文:

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