
地物と熟練の技を駆使してみんなが好きなものを。ジャンルレスなレストラン。[SHIMOIMAICHI HOPPING・Café&Bar Baum/栃木県下小代] by ONESTORY
2019.05.17
![地物と熟練の技を駆使してみんなが好きなものを。ジャンルレスなレストラン。[SHIMOIMAICHI HOPPING・Café&Bar Baum/栃木県下小代] by ONESTORY](https://storage.googleapis.com/image.co-trip.jp/content/14renewal_images_l/363695/main_image.jpg)
「日本に眠る愉しみをもっと。」をコンセプトに47都道府県に潜む「ONE=1ヵ所」の 「ジャパン クリエイティヴ」を特集するメディア「ONESTORY」から栃木県下小代の「[SHIMOIMAICHI HOPPING・Café&Bar Baum」を紹介します。
元『二期倶楽部』のシェフが営む無人駅のレストラン。

下今市駅から栃木方面に2駅すすんだ下小代駅。地元住民に愛されてきた旧木造駅舎が、現在の駅舎のすぐ側に移築されている無人駅です。なんとも長閑な夜道を行けば、近くの民家からは食事の支度をする美味しそうな匂いが漂ってきます。ほんの数分で、蔦の絡まる建物からオレンジ色の光が洩れているのが見えてきました。ここは、『Café&Bar Baum』。大きなガラス戸を引いて中に入ると、木の勢いを活かした空間に油絵や手織りのテキスタイル、変わった形の木の実、ドライフラワーに多肉植物……と、あらゆるものが有機的に絡みあって心地いい空気を作りだしています。

「こんな場所に、こんなお店が!」と驚きつつ、メニューが書かれた黒板を眺めると、「那須山牛サーロイン」「トルティーヤ ビスマルク」といったそそられるメニューのなかに、「バウム風肉どうふ」「バウム風焼きうどん」といったB級グルメ的メニューが。いったい、ここは何屋さんなのでしょう?

「有志がここに集まって、定期的に『小代ルネッサンス』というマーケットを開催しているんです。そこで出すメニューが好評だったので、メニューに昇格させていくうちに何のお店だかわからなくなって」と笑うのは、オーナーの水下佳巳氏・ちひろ氏ご夫婦。那須高原の『二期倶楽部』でシェフを務めていた佳巳氏はそこでちひろ氏と出会い、ご結婚。ちひろ氏の生家であり、後に木工作家のお父様のギャラリーになったこの場所を初めて訪れた時、「いつかこの場所でお店を開きたい」と思うほど心惹かれたそうです。お父様にその旨を訊ねてみたところ、あっさり承諾。現在、地元の美味しいもの好きが集う店になりました。もしかすると、場所と人がお互いを呼び合ったのかもしれません。

ジューシーな肉汁迸る希少な那須山牛でワインを。

水下ご夫婦の確かな技術から紡ぎだされる洋食に地元の皆さんが美味しいと思うもの。そんなジャンルレスなお店でまず頂きたいのが、焼き立てパンに野菜や具材を挟んで頂くセルフスタイルのサンドイッチです。ちひろ氏が店内のオーブンで焼いた自家製酵母のパンは外がカリッと香ばしく、香り豊か。この日の酵母はりんごだそうで、なかはむっちり、ほんのりした甘みがたまりません。

外せないのは那須山牛のサーロイン。「前の職場でご縁があって、お客様にも評価をいただいていたので、ぜひ皆さんにも食べて頂きたくて」と佳巳氏。絶妙な火入れのサーロインは断面がルビー色にツヤツヤと輝いています。エサや肥育にこだわって育てられた那須山牛は風味豊か。脂も少なめで、噛みしめる度に赤身からジューシーな肉汁が迸ります。ピリッと辛みの効いたわさび菜と共に頂くのがバウム流。気が付くと、ワインのボトルが次々に空いていきます。「チリやアルゼンチン、スペインなどニューワールド多めですが、イタリアや日本のものも。グラスワインはその都度おすすめのものをご用意しています」と佳巳氏。

付け合わせ野菜の美味しさも特筆もの。濃厚な味わいのじゃがいも・マチルダは那須の成澤菜園、舞茸は鹿沼産、人参は喜連川のものと地物や県産品にこだわっています。なかでも印象に残ったのが、肉厚で葉先まで生命力が詰まった葉物野菜。新たまねぎとクミンのドレッシングをかけた気まぐれサラダは、心身が喜ぶ美味しさです。「実はこのお野菜、近所の農家さんが作ったものなんですよ」とちひろ氏。お願いして、お店から車で数分の農園『美味しい野菜研究所』を訪ねました。





植物性肥料を使ったこだわりの土が、美味しい野菜を育む。

ビニールハウスに入ると、まだ肌寒い季節なのにとても温かく、微生物が活発に活動しているのか、いきいきとした土の香りが鼻腔をくすぐります。色濃く茂ったズッキーニの葉影には、これまた色濃く育ったツヤツヤのズッキーニ。この農園を営むのは柴田正直氏。以前はニラを育てる単一品目農家でしたが、2013年の記録的な大雪でビニールハウスの多くが倒壊。それを機に多品種栽培に切り替えて現在に至ります。「正直、単一品目のほうが儲かるのですが、今の方が断然楽しい。新しい野菜作りに挑戦するのはワクワクしますし、Baumに『今度はこんな野菜を作ってよ』と頼まれて作った野菜は美味しい料理になりますから」。

そんな柴田氏のこだわりは土。肥料は動物性のものではなく、おからや糠、この地域の特産品・蕎麦殻などをブレンドしながら使っています。「植物性の肥料を使った方が野菜にエグみが出ないんです」。小さな生き物たちにも、この温かな土のよさがわかるのでしょうか。取材中、どこからかハウスに入り込んだ猫が昼寝をしたり、カエルが嬉しそうに畝を横切るシーンに出くわしました。

ちひろ氏は営業の前にこの農園を訪ね、その日使う野菜を柴田氏と一緒に収穫しています。「赤水菜にビーツ、からしな、ケールはその辺りを」と指さし、一番いいものをハサミでパチリ。産地直送とは耳慣れた言葉ですが、ここまで収穫からキッチンが近い例もなかなかないのではないでしょうか。「私としても、毎日採って、新鮮なものを食べてもらった方が嬉しいんです」と柴田氏。和物から西洋野菜まで常に60種類ほどの種を常備し、リクエストに応えられるようにしているそうです。




感性が宿った場所と料理が人や物を引き寄せる。

美味しい料理と居心地のいい空間が溶けあった『Baum』の隣に、気になる建物が建っています。ちひろ氏のお父様の木工アトリエ『森のふくろう』です。「父はいま仕事で出かけているのですが、よろしかったらご覧になりますか?」というお言葉に甘えて、主不在のアトリエにお邪魔しました。1階の作業場には様々な樹種の板や木材が所狭しと立てかけられています。「切った木はかなり縮むので、10年以上寝かせてから使うそうです。この仕事をしていると、『こんな板があるから持っていかんか?』『よかったら使って』と向こうから集まってくるみたいで」。

うってかわって2階は大人の秘密基地。お父様が滑車で木材を引き揚げ、時間をかけておひとりで増築した空間には、古いレコードやプレーヤー、壁には民族調のタペストリーやエドワード・ゴーリーのポスターが。小さな小窓からは時折、猫が遊びにやってくるそうです。感度が高く、それでいて心ほぐれる抜け感のある空間。お会いしたこともないのに、そこここに浮かび上がる主の内面に触れたような気がしてほっこりします。「わが父ながら、相当センスはいいと思います」と笑うちひろ氏。場所や料理に宿ったよき感性は、よき人や物を引き寄せる──そんなことを思わずにはいられない場所が無人駅のすぐそばにあります。
(supported by 東武鉄道)
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