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伸び伸びと大らかに育った自由放牧の牛たちに囲まれて、本物の美味しさを探求し続ける酪農家。[アビタニアジャージーファーム/青森県西津軽郡]

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伸び伸びと大らかに育った自由放牧の牛たちに囲まれて、本物の美味しさを探求し続ける酪農家。[アビタニアジャージーファーム/青森県西津軽郡]
日本に眠る愉しみをもっと。」をコンセプトに47都道府県に潜む「ONE=1ヵ所」の 「ジャパン クリエイティヴ」を特集するメディア「ONESTORY」から青森県西津軽郡の「ABITANiA(アビタニア)ジャージーファーム」を紹介します。

心を打たれて即行動。未知の酪農の世界へ。

心を打たれて即行動。未知の酪農の世界へ。 ジャージー牛はイギリスのジャージー島原産。ホルスタインと比べると一回りほど小さく、褐色の毛色と人懐こい風貌も特徴的。
本当にこの道で合っているのだろうか……。地図の指し示す先にやや不安を募らせながら、車はどんどん森の奥へ奥へと進んで行きます。次第に緑の濃度が深くなり、引き返した方がいいかなぁ、という心の迷いが頭をもたげ始めた頃、ようやくパッと視界が開け、遠くにモォーとのどかな牛の鳴き声が聞こえてきました。

「ここは自分たちが暮らすには、理想的な環境でした」と話すのは『アビタニアジャージーファーム』を運営する、安原栄蔵氏。牧場があるのは鰺ケ沢町という町で、青森県の西南に位置しています。西へ行けばすぐ日本海、南は世界遺産である白神山地。
「緑に囲まれ、海も近く、自然環境には恵まれています。となりに分校があったので、子供達を安心して学校に通わせることもできました。水はきれいだし、新鮮でおいしい海山の幸がいくらでも手に入る、生活するにはとても良いところなんです」
岩木山麓の標高約400mにある広大な牧場。遠くには津軽半島の突端を眺めることもできる。
安原氏は黒石市出身。普通のサラリーマン家庭に育ちましたが、大学を浪人中の19歳の時、たまたま見たテレビで、酪農家の奥さんの対談の様子が放映されていました。夫と同じ職場の同僚たちが東京での仕事を辞め、北海道へ渡り、共同で牧場を作ったという話でした。その内容に衝撃を受けた安原氏は、言葉では説明できないような強い思いが込み上げたといいます。早速テレビのディレクターに直接手紙を書き、紹介してもらってその牧場を訪問。一週間滞在して酪農の仕事を経験し、その後も何度か訪ねました。そしていよいよ心を決め、北海道へ移住。夏の間は牧場で実習を行い、冬は働きながら酪農学園大学の短大二部に通って学んだといいます。
牧場の横に建てられた乳製品の製造施設。建物内には、物販とイートインの店『Café MiluMu(カフェ ミルム)』がある。
「大学の在学生は親が酪農業の息子も多く、自分にとっては興味深い話を聞けて刺激を受けましたし、つながりも多くできました。その頃の自分は早く牧場が持ちたくて、ちょっと突っ張っていたんでしょうね。大学卒業間際で退学し、今度は群馬県の財団法人神津牧場で働き始めました」。
神津牧場とは、福澤諭吉の元で学んでいた神津邦太郎が、日本人の食生活改善を唱え、明治20(1887)年に開設した日本最古の洋式牧場です。そこではジャージー牛が育てられていました。また、神津牧場は搾った牛乳をバターやチーズに加工していました。当時、酪農家が加工まで行うことはほとんどなく、安原氏の目には新鮮に映ったといいます。安原氏はこの牧場でジャージー牛と出会い、13年間働いて、牧場経営のあらゆることを習得しました。

カナダで新たな経験を積み、酪農家として独立。

次の転機は、ジャージー種に関する世界的なイベントで、カナダ人のブリーダーに出会ったことでした。いずれ独立したいと思っていた安原氏は、自分で牧場を経営するためにも、カナダとつながりを持っていることは重要でした。安原氏はまたしても手紙を書き、今度はカナダへ飛ぶことに。一生の選択でしたよ、と隣で言葉を発したのは、妻の千苗さんです。千苗さんは14年間看護業務に従事し、看護専門学校の教員をしていました。
乳製品の加工は、主に千苗さんの仕事。カナダに住んでいた頃、よく作っていたというバナナケーキは、現地のレシピをベースに自社の乳製品を加えて作る。店の人気メニューの一つ。
「看護大学で教員になるか、一緒にカナダへ行くか、この時大きな岐路に立たされました。仕事は好きでしたし、自分の生活の大半を占めていましたから、辞めた時はぽっかりと心に穴が空いたようでした。子供達には、大学で働いていたら今頃教授だよ、なんて言ったりするけれど、自分で選択した道なので、そのことに後悔はありません。外国へ行くことにもあまり頓着がなく、行ってどうなるかはそれほど深く考えませんでした。酪農家として彼は私よりずっと経験があるし、私がどうこう言うことではないと思いました」。(千苗さん)

安原夫妻が暮らしたのはトロントから西へ100kmほど行った小さな町。築100年の石造りの古民家に住み、周りは全て酪農地帯でした。オーナーの息子と二人でおよそ150頭の牛を任され、仕事はハードワークで体重も10kg以上減少したそうですが、仕事の時間は集中して働き、余暇は家族と共に楽しむ、合理的でメリハリのあるカナダのライフスタイルに、日本とは違った本質的な豊かさを体感しました。2年の生活を経て日本へ戻り、1990年、この地で牧場を設立。6頭のジャージー牛からスタートし、家族経営で10年かけておよそ100頭を育てるまでになりました。

自由に動き、自由に食べる、ストレスフリーな牧場。

さっきまで牛舎でムシャムシャと無心に餌を食べていたかと思った牛たちは、いつの間にか遥か遠くの丘の上に散らばって、今度はのんびりと寛いでいます。通常の牧場では牛はチェーンに繋がれ、同じ位置にいることしかできないことも多いのですが、ここでは24時間、どこへ行こうと自由。それは牛の選択だから、と安原氏は穏やかに笑います。
「うちは完全に自由放牧ですし、餌は好きな時に好きなだけ、食べられるようにしています。牛はだいたい団体行動なので、一頭だけ取り残されるのが心配で、みんなくっついて同じ方向に動いていることが多いのですが、ずっと牛舎にいて食べている子もいますよ。牛舎にはアルファルファを常時たっぷり用意しています」。
ジャージーミルク。さらりとしてしつこくないのに深いコクがある。するすると体に染み込むような自然の味わい。
安原氏がかつてカナダで飲んだ牛乳の香り高くコクのある美味しさ。その大きな理由の一つが、アルファルファでした。カナダでは雑草のようにあちこちに生えていたそうですが、日本の土壌は酸性なので育たず、ここではアメリカから輸入しています。
不動の人気!ソフトクリーム。青森三大ソフトクリームの一つと言われ、これを目当てに遠くからやってくる客も多い。写真は、ヨーグルトの上にソフトクリームを絞った「アビタニア・ソフグルト」。混ぜながら食べても美味しい。
牛乳を飲んだら、何の餌を与えているか大体わかる、という安原氏。牛乳は、牛の食べるものの影響を大きく受け、またその美味しさは無脂乳固形分(乳脂肪を除いた固形分)率の高さにも起因するといいます。アルファルファは普通の牧草に比べて、たんぱく質やミネラル、そしてカルシウムの含量がとりわけ多いことから、牧草の女王とも呼ばれ、牛乳にきれいでふくよかな奥行きのあるコクをもたらしてくれるのだそうです。
とろーりとろけるモッツアレラチーズをのせたトースト。チーズは千苗さんが一人で作っているが、現在チーズ職人の働き手を募集中だそう。
焼き加減にこだわって、安原氏が自ら焼く「ジャージービーフ・ステーキオープンサンド」。奥は「自家製コンドビーフ・オープンサンド」。

ジャージービーフは毎日食べても飽きない肉。

ジャージービーフは毎日食べても飽きない肉。 ジャージーミルクやヨーグルトは店で販売もしている。弘前市内にある『ひろさきマーケット』などでも取り扱いがある。
アビタニアジャージーファームでは、実はジャージー牛の肉を食べることもできます。ジャージービーフのステーキをどーんと乗せた贅沢なオープンサンドは、塩胡椒だけのシンプルな味付けなのに、香り良く、噛みしめるほどに滋味深い肉の旨味がじわじわと口の中に広がります。肉食用の牛は通常、よくいわれる「霜降り肉」を作るために高タンパクの飼料を与えて育てるのですが、ここでは搾乳牛と同じものを食べて一緒に育てており、特別なことはほとんどしていません。赤身の肉本来の美味しさを重視しています。
「脂身の多い肉は、普段の食生活には馴染みにくい。私たちは仕事柄、日常的に朝からジャージービーフのステーキも食べますが、いい赤身肉は胃もたれすることがなく、体力が付いて仕事もはかどります」
牧場の朝は早く、早朝5時から大忙し。餌の準備や掃除も朝の数時間に集中して行う。搾乳は朝と夕方の2回行われる。
そして肉や乳製品などの加工品に厳しい味のジャッジを下しているのは、安原氏と共に牛舎の仕事を手伝っている、息子の大陸さんです。優秀なベロメーターなんですよ、と千苗さんも断言します。
「息子は味や匂いに敏感。うちは普段から、料理に化学調味料などの添加物を使わないし、子供の頃から自然なものを食べさせていたので、舌が冴えているんでしょうね。調味料を少し変えただけで、すぐに『変えた?』って聞かれます。肉の味にもうるさいですね。ちょっとでもダメなものは分かってしまうんです」(千苗さん)
2017年よりオープンしたイートインでは、安原一家が日常的に食べて美味しいと思うメニューだけを手作りで提供しています。ジャージービーフの良さを広めたいと、毎年ホテルとコラボしたイベントも開催。250人で牛一頭を食べ尽くすという驚きのイベントですが、あっという間に枠が埋まってしまうそうです。同企画に登場した『澱と葉』の川口氏や、『オステリアエノテカ ダ・サスィーノ』の笹森氏も、ここの赤身肉の質の良さを高く評価しています。安原氏がいつも酪農に追い求めているのは本質。牛乳も牛肉も、本当の美味しさを自分たちのできる限りを尽くし、自信を持って届けたい、という思いがベースにあります。本物を伝え、未来に残したいと願う、ストイックな酪農職人でもあるのです。
牛の解体は安原氏が自ら行う。写真は5年飼育した牛の肩。一般的には2、3年で出荷されるため、5年はかなり長期である。
さらに安原氏はジャージー牛と触れ合い、楽しみながら酪農についてもっと知って欲しいと、牧場開設当初から、乳搾りやブラッシング、餌やりなど、主に子供達への酪農体験を実施しています。大きなトラックに牛を乗せて、小学校などへの出張体験をすることも。東日本大震災後は毎年被災地へ出向き、牛と触れ合うことで、少しずつ子供達の表情が変わって来たことを安原氏は実感しました。
「被災した子供たちは、最初は笑顔がなかった。少しでも心をほぐしてもらえればと、牛のシャンプーを体験してもらったのですが、やっぱり牛の力はすごくて、そのうち瞬間的に笑顔が出てくるんです。一度笑顔になれたら、後はもう大丈夫。感情を押し込めた子供達の心にどれくらい効果があるかはまだ未知数ですが、難しいけれど、微力ながら何かのきっかけになればと思って続けています」
取材後、ふと牛たちに目をやると、澄んだ空気の中、広い野原を相変わらずゆったりと自由気ままに行き交っていました。安原夫妻の凛としたシンプルな佇まいと、牛たちののんびりと和む姿、そしてとびきり美味しい牛乳やジャージービーフ。帰る頃には日頃の疲れがすうっと癒され、晴れ晴れと満ち足りた気持ちになったのでした。

ABITANiAジャージーファーム(アビタニアジャージーファーム)

青森県 西津軽郡鰺ヶ沢町大字建石町大曲225−2 MAP

0173-72-1618


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