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集い、憩い、学ぶ。日本茶の価値を「魅せる」現代の茶室。[万/福岡県福岡市]by ONESTORY

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集い、憩い、学ぶ。日本茶の価値を「魅せる」現代の茶室。[万/福岡県福岡市]by ONESTORY
「日本に眠る愉しみをもっと。」をコンセプトに47都道府県に潜む「ONE=1ヵ所」の 「ジャパン クリエイティヴ」を特集するメディア「ONESTORY」から福岡県福岡市の「万」を紹介します。
お茶を飲んだことがない人はいないのに、お茶について考えたことがある人は少ないかもしれません。ここでいう「お茶」は、日本茶のこと。日本で育ち、日本で暮らす者にとって、あまりに身近で「当たり前」のもの。それゆえに、「考えて」「関わる」機会がないまま、時代とともに生活様式が変わる中で、少しずつ、日常の生活の中から失われつつあるものでもあります。

徳淵 卓氏は、1服の玉露の、あまりの美味しさに導かれ、「茶」を自らの進む道と決めたと話します。福岡市中央区赤坂に7年前に構えた『万』は、現代の茶室をイメージしたカウンター中心の茶酒房。そのあり様は、かつて存在した「日本茶カフェ」とも「バー」とも異なります。

茶と茶菓と、酒を等しく扱うこれまでになかった店。「湯を汲む」「茶を淹れる」行為で一滴の液体に価値を付加し、思考を促す場。深い知識と日々のたゆまぬ研鑽が生む味わい、それを決して前には出さぬおもてなしを求め、全国から、そして海外から炉を囲むカウンターにゲストが集います。このユニークな「現代の茶室」はいかにして誕生したのでしょうか。今、徳淵氏の視線の先にあるものとは。福岡で話をうかがってきました。

産地や造り手、品種、淹れ方で異なる味わいを伝える。

産地や造り手、品種、淹れ方で異なる味わいを伝える。 伝統本玉露の2煎目。茶葉の香りも楽しませる。栗の蒸し菓子とともに。
「日本はお茶に対価を払うという感覚がない。煎茶やほうじ茶は“タダ”で当たり前だと思われていますよね。裏を返せば、そのくらい日常に浸透しているということでもあるのですが」。8月下旬、肌に湿気が張りつくような蒸し暑い午後。ワイングラスに注いだ冷たいお茶を差し出しながら、徳淵 卓氏はそう話してくれました。
「佐賀嬉野で栽培されている“おくゆたか”という品種のお茶を水出しにしました。開店時間の15時にお見えになるのは、昼の食事を楽しまれた後というお客様が多い。口の中をさっぱりとリセットしてくれるお茶ですね」と続けます。
徳淵氏の美しい所作が、これから茶を味わうゲストの集中力、期待感をともに高めている。
キリッと冷えた雑味のないお茶の美味しさに、口の中だけでなく全身がリフレッシュするのを感じながら、徳淵氏の言葉の意味を考えます。確かに、オフィスの休憩室には無料で利用できるティーサーバーがあり、町の食堂などにも電気ポットに入ったほうじ茶が「セルフサービスで」と、用意してあるのが思い出されます。
「当然ながら、日常的に飲まれている煎茶にも産地があり、造り手がいます。茶葉にも様々な品種があり、品種ごとの個性があります。飲み手の方々の意識をそこに向け、お茶の価値を高め、文化をつくっていきたい」と徳淵氏。

炉を囲むコの字型のカウンター。道具や器の一つひとつが美しく、場と調和している。
この数年で、コーヒーの市場は大きく変化しています。都市部を中心に「シングルオリジン」や「スペシャルティコーヒー」という概念が浸透し、産地や品種の個性で豆が選ばれるようになりました。加えて、酒類の世界でもクラフトビールやクラフトスピリッツのように、造り手の考えや味わいの個性が価値を生み出しています。日本茶はなぜ、そこに行きつかないのか。いや、行きつかせるには何をすればいいか。『万』は、その実践の場だというのです。

一滴に魂を込めて。茶の味を最高値で差し出す。

一滴に魂を込めて。茶の味を最高値で差し出す。 お茶には必ずお茶菓子がつく。桐箱に並ぶ季節の菓子の中から、好みのものを選ぶスタイルだ。
『万』のメニューには、様々なお茶が並びます。煎茶、茎茶、ほうじ茶、ブレンド茶……。全てに産地と品種が記してあります。この日は月替わりのお勧めのお茶のひとつ「伝統本玉露」をオーダーすることに。産地は八女の星野村、品種は「さえみどり」。ひとたび炉の前に立つと、それまで穏やかに話をしていた徳淵氏の表情がきりっと引き締まります。沸かした湯を器に移し、高い所から別の器に移し替え、というのを二、三度繰り返します。バーテンディングでいうところのスローイング。湯を適温に冷ましながら、柔らかく空気を含ませていくのです。
ナツメとクルミ、発酵バターを合わせたお茶菓子。濃厚なコクと凝縮感のある甘みが抹茶に合う。
舞いのように美しいその所作に目を奪われていると「1煎目です」と、燗酒を飲む平盃(ひらはい)のような白い器がすっと差し出されます。白の地に深い緑が鮮やかに映え、口に含むと、お出汁のような濃厚な旨味が広がります。
「1煎目はごく低温で抽出します。季節によって多少異なりますが、今日は35度。体温に近い温度が、口中の毛細血管を敏感にする。味覚を一番感じやすい温度です」と徳淵氏。
8時間かけて抽出する水出し茶。和洋中問わず、食事にも合いそう。
2煎目は75度で抽出し、季節の和菓子とともに供されます。旨味の最高地点を引き出した1煎目に比べ、甘みや渋みのバランスが良く、心地よい味わい。菓子と一緒に楽しむことで、また味わいが変化するのが感じられます。3煎目は90度前後の熱湯で。茶葉は1種類なのに、湯の温度で、淹れ方で、ここまで味わいが変わるものなのかと驚くばかり。奥深き茶の世界の、入口を垣間見た思いです。

作法や型より「感動」を。炉を囲む店に込めた思い。

作法や型より「感動」を。炉を囲む店に込めた思い。 「粥茶のコース」は要予約。食前のお茶と料理二品に続き、炊き加減の異なる粥を段階的に供する。佃煮や漬物、梅干しなどの粥のともを添えて。
店内はコの字型のカウンターが中心。その真ん中に炉が据えられ、天井から降りる銅のモチーフが印象的です。
「僕が考える現代の茶室を形にしました。デザインはモダンですが、想いは“日常”にある。イメージは“囲炉裏”です」と徳淵氏は言います。
『万 分室』にしつらえた漆喰窯で炊く。米の甘みを引き出すよう、浸水時間から火加減まで気を配る。
その昔日本では、「家族で囲炉裏を囲むこと」イコール「生きること」だったと徳淵氏は続けます。
「家族3世代、親戚、近しい人たちが囲炉裏を囲んで時を過ごす。囲炉裏は炊事だけではなく、暮らしの中の様々な仕事をする場でもありました。そこでコミュニケーションを図り、食事をともにする。囲炉裏端には、朝採れた野菜が置いてあり、子供たちはそれがどのようにして糧になっていくのかをつぶさに見ることができる。箸の上げ下ろしも、お茶の淹れ方も見よう見まねで覚えていく。異なる世代の人々が、火を囲むことで、生きる術や生活の知恵など多くの事を学ぶ空間だったのです」と徳淵氏は話します。
茶酒の一例、日本の薬草でつくる薬草茶を使ったカクテル。ダークラムのベースにアールグレイの香りを添えて。茶酒のあては豆乳ショコラ。
開業から4年目には2階に『万 分室』をオープン。予約制で粥茶事から着想を得た「粥茶のコース」を提供しています。
「冬の茶室で、湯が煮えた釜の蓋を開けると、たちまち真っ白い湯気が広がる。暖房がない時代、寒さは今と比べものにならないほど切実で、だからこそ湯気だけでもありがたく、ご馳走になる。そんなことに想いを馳せながら三分炊き、五分炊き、七分炊きと、米粒が粥になるのを味わって頂く。粗食ですが、感性を研ぎ澄ませ、繊細に味わうことで見えてくるもの。茶の心を今に伝える上で、作法や型より前に、まずはその感動を知って頂きたいんです」と徳淵氏。

日々移りゆく日本の四季の中で、その時々の景色を見つけて心が豊かになるような時間を過ごしてほしい。目には見えない優しい季節の風を感じるようなひと時を。極上の茶葉や茶器などの道具類はもちろん、BGMにまで心を配った「現代の囲炉裏」には、主のそんな想いが込められています。静かに自分自身と向き合う時間、気の置けない仲間との何気ない時間を、より豊かに。1服の茶を通じ、真に伝えたいのはそんな場や時間のあり様なのです。

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