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人気パティスリーを切り盛りする、26歳の若社長。津軽スイーツ界のープに会いに行く。[アンジェリック/青森県弘前市]by ONESTORY

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人気パティスリーを切り盛りする、26歳の若社長。津軽スイーツ界のープに会いに行く。[アンジェリック/青森県弘前市]by ONESTORY
「日本に眠る愉しみをもっと。」をコンセプトに47都道府県に潜む「ONE=1ヵ所」の 「ジャパン クリエイティヴ」を特集するメディア「ONESTORY」から青森県弘前市の「アンジェリック」を紹介します。

午前中から人が絶えない、弘前の超人気パティスリー。

午前中から人が絶えない、弘前の超人気パティスリー。 いい意味でケーキ店のイメージを裏切る、白い箱のような独特の外観がユニーク。気付かずに通り過ぎてしまう人も多いとか。
りんご生産量日本一を誇る津軽エリアでは、アップルパイがひとつの強力な観光コンテンツ。多くのスイーツ店やパン店がそれぞれに趣向を凝らしたアップルパイを販売する中、根強い人気を誇るのが、弘前市にあるパティスリー『アンジェリック』のアップルパイです。
ケース内には洗練されたデザインのケーキ類が並ぶ。季節ごとの新作も多く、「楽しみながら作りたいから、飽きてきたら変えるんです(笑)」と成田氏。
弘前駅から車で10分ほどの幹線道路沿い、真っ白でスタイリッシュな外観が目を引く建物が『アンジェリック』。中に入ると、圧倒されるのがその品数です。美しいケーキが鎮座する正面の冷蔵ケースの上には、タルトやパンがずらり。右にも左にも、クッキーなどの焼き菓子、カラフルなマカロン、贈答用の詰め合わせなどがぎっしりと陳列された什器が並びます。
ショップからは、厨房の忙しそうな様子が見て取れる。遅い時間でも商品が売り切れることがないよう、毎日夕方4時頃まで製造を続けるそう。
「生ケーキはいつも25種類前後、パンは2、30種類揃えています。そのほか焼き菓子やチョコレートが50から60種類くらいかな。改めて数えると、結構ありますね(笑)」と成田氏。開店時間を過ぎると次々とお客さんが訪れにぎわう店内の様子から、名実ともに弘前を代表するパティスリーであることが伝わってきます。

金髪だったやんちゃな青年が、数千万円の借金を背負って代表取締役に。

金髪だったやんちゃな青年が、数千万円の借金を背負って代表取締役に。 今も何でも調べたり、試したりするのは変わらないと成田氏。「新しい素材はすぐ試します。メーカーや商社の営業さんと話すのも勉強になるし、すごく楽しい」。
成田氏は弘前市の郊外出身。パティシエのキャリアのきっかけとなったのは、高校時代にケーキ店でアルバイトを始めたことでした。「共働き家庭のおばあちゃん子だったこともあり、成田氏にとってケーキは昔から“クリスマスや誕生日にしか食べられない特別なもの”。アルバイトを始め、初めて「ケーキって作れるものなんだ!」と知ったそう。勉強は嫌いでも何か作るのは好きだったこともあり、高校卒業後に紹介を受けて就職したのが、当時別のパティシエが経営していた『アンジェリック』だったのです」。想像以上に繊細な作業に苦労する一方、気付けばケーキ作りの魅力にどっぷりハマっていたという成田氏。失敗しても、理由を調べると「これはそういうことか、あれもそうなのか」とどんどん繋がっていくのが楽しく、日々「何でだろう、じゃあ調べよう」の繰り返しだったとか」。当時同僚だった『パン屋 といとい』成田志乃さんは、その頃の成田氏を振り返ってこう話します。「バッキバキの金髪でとがってたけど、根は真面目でした。“腕に貯金”っていうのが、当時の私たちの合言葉で。今学ぶ技術が後の自分への投資になるはずと信じて、よく遅くまで一緒に残って作業していました」。
『アンジェリック』で一番の人気を誇る「アップルパイ」。パイ生地の上にりんごペースト、紅玉ジャム、スライスした生のりんごを乗せて焼き上げる。
当時の社長にも、そんな成田氏の様子が見えていたのでしょう。自身が経営から退くと決めたとき、『アンジェリック』の事業を引き継がないかと声を掛けたのが成田氏でした。「正直、なんでオレ?って。相当やんちゃで、理不尽な先輩にふきん投げつけるくらい生意気だったから(笑)。同僚の中にはケーキ屋の息子も多かったけど、自分はそうじゃない。帰るところがない分、応援してくれたのだと思います」。社長業を担うことを決心したのが24歳。銀行に融資を頼み込み、数千万円を借り入れて自らの会社を設立、『アンジェリック』を買い取り代表となったのはそれからわずか3カ月後のこと。
前社長の時代に、弘前店・鶴田店・青森店の3店舗を展開していた『アンジェリック』。現在はそれぞれが独立し、経営母体は異なる。
就任後にまず改革したのは、販売する商品より先に、スタッフの労働環境でした。それまでは固定残業で給金、休みともに十分ではないと感じていたうえ、ほかのスタッフの不満も耳にしていた成田氏は、最初に残業時間の管理を開始。好きなときに休みが取れるシステムに変更しました。「そもそもケーキ作りって、すごく効率が悪いんですよ。ひとつ作るのに、土台作ってジャムやクリーム炊いて、冷やしたり温めたり……。収益上げるには、もう自分が頭使うしかなくて」と成田氏。さまざまな施策に取り組みましたが、売り上げが落ちる夏場に行うホールケーキのセールもそのひとつ。予約が一台入るごとに、スタッフ全員に決められた金額のボーナスが入る制度にしたところ、現場のやる気がぐんと上がったそう。「『あと10台売れば3000円!』って、みんな自分からどんどん宣伝してくれて。普通そういうキャンペーンって働く側からしたら忙しくなるし、嫌なものじゃないですか。でも目に見える形で収入が上がると変わる。スタッフみんなと一緒に、自分たちでお金を作っていきたいんです」。

スイーツを介し、生産者、お客さん、そして地域と繋がる店に。

スイーツを介し、生産者、お客さん、そして地域と繋がる店に。 ごく一部のイベント出店を除き、商品の販売を行うのはこちらの店舗のみ。「自分の目が届かないところで売られるのが気持ち悪いから」と成田氏。
既に確固たる人気を確立していた『アンジェリック』。特にアップルパイは、長年店の代名詞的存在でした。成田氏が代表となった2017年、最初に原材料を見直した商品がこのアップルパイ。それまで青果店から仕入れていたりんごを、すべて弘前市の契約農家のものに変更したのです。「ずっと誰が作ったか分からないりんごを使っていて、なんか気持ち悪いなって。一カ所の農家さんからたくさん買う代わり、シャキシャキした食感出したいから少し早く収穫してくれとか、美味しく加工するためのわがままは言わせてもらってます。品種も時期によってまちまち。一年中同じ味に作るのが一般的だと思うけど、うちでは品種が変わるから味も変わる。でも生ものなんだから、ブレてなんぼでしょ? 作ってる俺らも楽しいし、お客さんも『今日は何の品種?』とか『この品種初めて食べた』とか話してくれますよ」と成田氏。
取材時に使われていた地元産のフルーツ。成田氏が代表となってから、こうした食材の比率が増えた。津軽はほかにもぶどうや桃、さくらんぼ、メロンなどの名産地として知られる。
ちなみにアップルパイはこの3年間で売り上げが倍増。多い日にはなんと900個も販売するそう。さらに成田氏は、アップルパイの新たな仕掛けを計画中とか。現在販売中のアップルパイの難点は、フレッシュな分賞味期限が1日と短く、遠方への手土産には向かないこと。ならば途中まで作った状態で冷凍し、最後にお客さん自身が焼き上げるアップルパイがあれば、持ち帰りも発送もできるうえ、美味しいタイミングで食べてもらえると考えています。「家で出来立てが味わえるの、おもしろいじゃないですか。それにこれが売れたら、津軽のりんごをもっとたくさんの人に知ってもらえる。りんごの食感をどう残すかとか課題も多くて、まだまだ計画段階ですが」と成田氏。
津軽らしさ全開のケーキは観光客にも人気。プライスカードには、中身の構造がひと目で分かるイラストが。成田氏曰く、「カッコつけた店より、分かりやすい店でありたい」。
取材に訪れた時期は、タルトに使われた洋梨のル・レクチェやいちごなども地元・津軽産。地域の旬の農産物を積極的に使うようになった『アンジェリック』は、農家と消費者の橋渡し役を担います。パティシエとしてさまざまな食材に接するうち、「農家の仕事ってすげーなと思うようになった」という成田氏。「ここの農家さんの作物が好き、考え方が好きだと思ったら、傷ものでも何でも最高に美味しく加工して売るのが俺らの仕事」と語ります。
津軽塗の漆器にそっくりなチョコレート菓子「津軽香々欧(つがるカカオ)」も手土産に最適。クッキーを包んだミルクチョコレートに、食用色素による模様をプリントしたもの。
パティシエになってからは『アンジェリック』一本の成田氏。地方から東京や海外へ出向き経験を積む若手も多い中、特に他店での修業は考えなかったと言います。その理由は、今後もずっと大好きな地元・津軽をベースに商売を続けていきたいという想い。「県外で数年やるより弘前で数年やる方が、断然こっちのニーズも分かるし繋がりもできるでしょ。東京にも、最高の素材と最新の技術でめちゃくちゃ美味しいケーキを出すところがあれば、手頃な価格と食べやすい味でファミリー層に愛される店もあります。結局それぞれだし、地元と県外を天秤にかけて考えなくてもいいかなと。うちで目指すのは、幅広い年齢のお客さんに美味しいと思ってもらえるもの。マニア向きは作りません。でもその中にひとつかふたつ、自分がやりたいことだけ詰め込んだ攻めたケーキがある。なぜって、その方がやってて楽しいからですよ(笑)」。

経験の浅さも長所に。独自の“放牧式”経営術で生まれる団結力。

経験の浅さも長所に。独自の“放牧式”経営術で生まれる団結力。 一部商品ラインナップのほか、黒を基調にしたシックな内装やパッケージなどは、前社長時代からそのまま継続。「既に人気もブランド力もある店だったので、変えない方がいいところも多かった。一番変化したのは、スタッフの働き方ですね」と成田氏。
次々語られる迷いのない言葉から、経営者としての技量が垣間見える成田氏。しかし意外や「店で一番足を引っ張っているのは俺ですよ」と笑いながら話します。曰く、自らの経営方針は“牧場経営”。その心は、「スタッフに割とのびのび動いてもらう、“放牧式”の経営です。自分が未熟な分、みんなに助けてもらわないと」とのこと。たとえば成田氏が思い付きで購入を決めてしまった陳列棚は、「下に在庫が入れば品出しが楽になる」というサービス担当者の意見により改造され、使いやすい焼き菓子用什器に変身。「各担当者がそれぞれ自発的に考えるようになったら、どんどん効率が上がって。最近は何かあると、スタッフ同士で解決してくれるようになりました(笑)」と成田氏。
記念日需要の高さにも納得の、見目麗しいホールケーキ。卵や小麦粉、乳製品を使わないアレルギー対応ケーキのオーダーも受け付けている。
さらに成田流のコミュニケーションも、チームの関係作りに大いに影響を及ぼしているようです。「自分は経験が浅い分プライドがないから、突っ走る前にブレーキをかけられるんです。周りに意見を言われても、普通の社長だったら『いや、ここはこうすべき』と通すところも、俺の場合は『え、何で? 理由教えて!』って。だから大きな失敗はそれほどないし、失敗するときはみんなも一緒(笑)。クセの強いメンバーが多いけど、何かやり残しがあれば全員で終わらせるのが今の共通のスタンスだし、人間関係はすごくいいと断言できる。スタッフこそがうちの店の強み、武器みたいなものだと思っています」。『アンジェリック』の経営元となる会社を設立する際、『グランメルシー』と命名した成田氏。「めっちゃ感謝!」(by成田氏)という意味のこの名には、お客さんへの感謝のほか、スタッフや業者・生産者の人々など、すべての工程に関わる人、物を大事にしたいという想いを込めたそう。
普段は愛煙家で塩辛い食べ物が大好きだが、「味に対する勘はいい方だと思う。人が作った食べものの改善点をあら探しするのが癖なんです」と笑う成田氏。インタビューを行ったのは、『アンジェリック』上階にあるコーヒー専門店『iro coffee』。元々『アンジェリック』スタッフだったバリスタ・千葉俊氏の独立を後押しし、二階のスペースでの営業を提案したのも成田氏だ。
取材中、成田氏のいくつかの言葉が印象に残りました。スタッフの働き方改革について話したときには「体調がキツいから休みたいって言うのも結構勇気がいるはず。その気持ちをないがしろにしたくない」。チームワークの話題になったときには「失敗って、別にひとりのせいじゃない。普段からお互いに気に掛けていれば、誰かが気付いて止められるじゃないですか」。りんご対談の際は少し不敵な一匹狼タイプに見えた成田氏でしたが、今回じっくりと話を聞いて見えてきたのは、周囲へ細やかに気を配るリーダーの一面。『アンジェリック』の美味しいスイーツとにぎわいは、そんな成田氏率いるチームの団結力あってこそなのでしょう。

前社長から引き継いでから3年、「ありがたいことに、売り上げもよく人手も足りている。事業としては順調です」という『アンジェリック』。成田氏は現在、新たに『グランメルシー』の名前でブランドを作りたいと考え中とか。初めて立ち上げから手掛けるブランドに託すのは、人口減少が顕著な地方を盛り上げるため、自分たちのような若い世代が行動し、実績を作るべきという信念です。「刺激を受けた人が、何か始めるきっかけになれば」。そう語り、自ら地元の台風の目となるべく進み続ける成田氏。その視線の先には、スイーツ界に留まらない、津軽の未来が広がっていました。

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