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「タルマーリー」野生酵母のみで地ビールを醸す、日本唯一のブルワリー&カフェ。[タルマーリー/鳥取県八頭郡] by ONESTORY

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「タルマーリー」野生酵母のみで地ビールを醸す、日本唯一のブルワリー&カフェ。[タルマーリー/鳥取県八頭郡] by ONESTORY
「日本に眠る愉しみをもっと。」をコンセプトに47都道府県に潜む「ONE=1ヵ所」の 「ジャパン クリエイティヴ」を特集するメディア「ONESTORY」から鳥取県八頭郡の「タルマーリー」を紹介します。

水・空気・環境――全てが揃った理想の地に「野生菌の楽園」が開かれた。

水・空気・環境――全てが揃った理想の地に「野生菌の楽園」が開かれた。 カフェではパンと地ビールだけでなく、ピザ、サンドウィッチ、イノシシ肉のハンバーガーなどの様々なメニューが味わえる(トネガワハルカ氏撮影)。
鳥取県智頭(ちづ)町。面積の93%を森林が占めるという緑豊かな里山の一角に、かつて保育園だった建物を改装した、おとぎ話のような美しいブルワリーがあります。

そこで育まれているのは、野生酵母によって醸される地ビールとパン。地ビールは地元の天然水だけで醸造し、副原料の大麦・小麦・蜂蜜・フルーツなども、なるべく近隣で採れる食材を厳選しています。麦芽とホップは外国産ですが、野生酵母のみで地ビールを造っている醸造所は、日本ではここ「タルマーリー」だけ。風味豊かな地ビールを求めて、遠方からも多くのファンが訪れます。
家族のより良い暮らしと、理想の生産方法を求めて(トネガワハルカ氏撮影)。
生産量は年間6000~8000リットルと限られているため、グラスビールを飲めるのは直営のカフェと、全国各地の卸先9店舗ほど。瓶ビールは、自店舗の店頭のみで購入することができます。

そしてパンも、やはり野生の菌を自家培養して発酵させています。使用する小麦粉の約2割は岡山県産の小麦を自家製粉し、香りの良い新鮮な粉を使用します。

その他の素材も、なるべく近隣で栽培された農産物を「自然栽培>有機栽培>慣行栽培(農薬を使用する一般的な農法)」の順に選んでいます。

教育、環境、「地域内循環」――すべての理想を叶えてくれるこの土地に導かれた。

教育、環境、「地域内循環」――すべての理想を叶えてくれるこの土地に導かれた。 野生の酵母のみで醸造された日本唯一のクラフトビール。飲みやすく飽きのこない『ペールセゾン』をメインに、カフェで常時5種類のグラスビールを提供している。
製法も素材も厳選した希少な地ビールとパンを、なぜこの土地で作り始めたのか――そもそもの始まりは、オーナーシェフの渡邉格(わたなべいたる)氏が、女将の麻里子氏とお互いの出身地の東京で出会ったことだといいます。
「もともと僕にあったのは、『田舎で暮らしたい』というくらいの漠然とした想いだったんです」と語る格(いたる)氏は、麻里子氏と出会うまでは、環境問題などにそれほど関心はなかったそうです。
「小麦粉・塩・酵母・水」というシンプルな材料でも、酵母や製法によってパンの味わいは変わる。現在は酒種・レーズン酵母・ルヴァン・ビール酵母の4種類を使い分けている。
しかし東京農工大学で環境社会学を専攻していた麻里子氏には、「環境に負荷を与えない食べモノ、自分の子供に食べさせたいモノを田舎で作りたい」という確固たる想いがありました。格(いたる)氏も徐々にそのポリシーに感化され、同時に野生の菌だけでパンを作ることによって、無肥料無農薬栽培の素材が一番良く発酵することがわかってきたといいます。「野生の菌による発酵を起点としたエコロジカルな『地域内循環』を実現したい」――夫婦の考えが、そう一致していきました。

2度の移転で一歩一歩実現。

2度の移転で一歩一歩実現。 森林面積93%を誇る智頭(ちづ)町。林が、森が、畑が、清らかな水と天然の菌を与えてくれる。
2008年2月に、千葉県いすみ市でパン屋をオープン。その後、2011年の東日本大震災と原発事故をきっかけに、子供がまだ小さかったこともあって、岡山県真庭市に移転しました。ですが単なる移住ではなく「野生の『麴(こうじ)菌』の採取を実現したい」「より綺麗な空気と水で発酵食品を作りたい」という、プラス方向も見据えた再出発だったそうです。

そして2015年6月には鳥取県智頭(ちづ)町に移転。この移転には多くの理由がありました。
「岡山では『麴(こうじ)菌』の採取はできましたが、田舎らしい教育ができなかったんです。下の子が小学校にあがるまで後1年という時期に決断して、智頭(ちづ)町にある『森のようちえん』に転園させました。それと、岡山では週に1回山に水を汲みに行っていたのですが、これがとても大変だった。できれば井戸を掘りたかったけど、町屋に住んでいたため、隣家との兼ね合いもあり無理でした。
自家採取した麴(こうじ)菌で米糀(こめこうじ)を仕込む。
小麦を挽く製粉機を置くスペースも十分ではなかった。更にパンだけでなく地ビールも作りたい、薪と火を使った“地域内循環”型の生産を行いたい、そんなたくさんの理想があったんです」と格(いたる)氏は語ります。

それらを全てかなえてくれる智頭(ちづ)町に移転した時の感想は「素晴らしい!」の一言だったそうです。「自然環境が抜群に良くて、最適な建物もありました」と格(いたる)氏。渡邉(わたなべ)夫妻の新たな挑戦が始まりました。

「野生の菌」を工房に呼び込み、滋味溢れる地ビールとパンを生み出す。

「野生の菌」を工房に呼び込み、滋味溢れる地ビールとパンを生み出す。 豊かに泡立つビール酵母。麦芽由来の酵素の働きで小麦のデンプンが糖化されるため、長期間の冷蔵発酵に耐えるパン生地ができる。
「タルマーリー」の発酵は、周囲の豊かな自然環境によって育まれた『天然酵母=野生の菌』を工房の中に「呼び込む」ことによって行われます。ここが重要なポイントで、格(いたる)氏は「それが智頭(ちづ)町でなければいけなかった理由です」と言います。
「酵母は基本的には、どんな所でも採れます。東京でも田舎でも、環境中の食料にくっつくものなので差異はありません。うちは『麴(こうじ)菌』『乳酸菌』『酵母菌』の3つを採取していますが、不思議と『麴(こうじ)菌』だけは、環境が汚れていると腐敗菌が一緒に降りてきてしまう。周辺の環境が汚れていると、純粋な『麴(こうじ)菌』が降りてきにくくなるんです」と格(いたる)氏は話します。

自然界の妙を感じさせる発酵の不思議。

自然界の妙を感じさせる発酵の不思議。 パンの生地を分割する渡邉格(わたなべいたる)氏。一つひとつ丁寧に、丹精を込める(川瀬一絵(ゆかい)氏撮影)。
竹を切って半分に割り、ふかしたお米を置いて待つ――実にシンプルな方法で、環境中の『麴(こうじ)菌』を工房内に呼び込みます。ですが、格(いたる)氏が絶賛する智頭(ちづ)町の環境をもってしても、5日に1度程度の頻度で行って、3ヵ月に1度しか成功しません。更に環境が荒れたりスタッフの精神状態が悪くなったりすると、他のカビが生えてしまうといいます。
「不思議なんですけど、菌を通して環境やスタッフの好調・不調まで読み取ることができるんです。この関係は、いずれ実証実験をしてみたいと思っています」と格(いたる)氏。

こうして作られたパンと地ビールは、お互いに密接な関係を保っています。

そもそも格(いたる)氏が地ビール事業を立ち上げた理由は、「パンの酵母として地ビールを使いたかった」から。どちらも風味が非常に豊かで、これぞ天然の味! 地ビールの酵母でパン生地を仕込み、カフェでピザを焼く。ピザ窯(がま)の熱源は木材ペレット。『地域内循環』の理想が少しずつゆっくりと巡り始めました。

「幸せの意識」を作る食品に練りこむ。身体を作る食べ物に真摯な思いをこめて。

「幸せの意識」を作る食品に練りこむ。身体を作る食べ物に真摯な思いをこめて。 渡邉格(わたなべいたる)氏の著書・『田舎のパン屋が見つけた「腐る」経済』(講談社)。国内外で講演活動も行っている。
「食には栄養だけでなく、作る人の意識も入っているのではないでしょうか」と麻里子氏は考えているといいます。芸術や音楽に心が救われるように、食にも作った人の意識が溶け込んで、疲れた身体を癒してくれるのではないか――単なる栄養だけではない意味と価値が、食にはあるのではないか。そんな思いのもとに、今日も「天然の菌」と向き合います。
「だから幸せな労働の中で作られた農産物を素材にしたいし、私達も楽しく働きたい。それによってきちんとした加工品を作ることを心がけたい。もちろんスタッフの心身の調子も気遣っています」と麻里子氏は言います。

広がる『地域内循環』。「タルマーリー」が使う米・ホップ・トマトなどを町民が育て始めた。

広がる『地域内循環』。「タルマーリー」が使う米・ホップ・トマトなどを町民が育て始めた。 格(いたる)氏が可能な限り自力で改装した、味わいのある店内(川瀬一絵(ゆかい)氏撮影)。
域をひとつの世界と見て、その中で食や生活を循環させる。『地域内循環』の実現と更なる拡大が、今後の展望だといいます。「現在の自家製粉率は20%程度ですが、いずれは100%にしたい。実現は難しいかもしれませんが、なるべく増やしていきたい」と格(いたる)氏は話します。
新鮮な地ビールをブルワリーで直接味わえる贅沢。
地ビールやパンに使う小麦を作ることによって、畑の土が良くなり、農薬の使用量も減る。これは「タルマーリー」とつながりのある自然栽培農家が口を揃えて言う事実だそうです。環境に負担をかけない作物を作れば、里山が保全されて、環境がより良くなる。そうしたプラスのサイクルが続いていけば、純粋な『麴(こうじ)菌』が採れる頻度もどんどん上がっていくのではないか――10年後には智頭(ちづ)町に自然栽培の畑が広がるようにして、良い農産物を値切ることなく買い上げて、地域の生活者の中にお金を循環させたい。食によって人と環境が向上していく世界を、「タルマーリー」は目指します。

タルマーリー

鳥取県 智頭町大背214-1 MAP

0858-71-0106

10:00~17:00(カフェは~16:00、平日は~15:00)

火・水(月はパン製造休み、冬季は不定休)


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