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鎌倉・小正月の幕開けは和の香りとともに

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鎌倉・小正月の幕開けは和の香りとともに
年が明け、もうすぐ小正月(1月15日)を迎えるにあたり、福を招くといわれる「餅花」の一種、繭玉飾りをアレンジした香り繭玉飾りを用意してみました。これは、年末に北鎌倉のシェアアトリエハウス「たからの庭」で開催された「かほり紫」の香座(和の香り創作講座)に参加して作ったオリジナルのもの。自分で配合した屠蘇散(とそさん)と一緒に、清々しい気持ちでこれから二度目のお正月を迎えます。今月は、寺社仏閣が多い古都・鎌倉でこの講座のように気軽に参加でき、暮らしにとりいれられる”和の体験講座”を4回に渡り、ご紹介いたします。
鎌倉五山で知られる禅宗の名刹、浄智寺の敷地内にある古民家を利用した「たからの庭」は、北鎌倉駅から徒歩10分ほどの場所にあります。浄智寺を通り過ぎたあたりからは、もうすっかりと山中の風情がします。茂みからガサガサと音がすると思ったら、可愛らしいリスが出迎えてくれました。別荘地のようにぽつんぽつんと建っている平屋の家々。このあたりは故小津安二郎監督をはじめ、作家や画家、ジャーナリストなどが住んでいた文化的なエリアで知られています。

落ち葉をかき分けて鎌倉石を敷き詰めた石畳の道を奥深く入っていくと、赤レンガの煙突が見えてきました。

「たからの庭」は、昭和15年に建てられた古い日本家屋を再生した場所。実は6年前までは鬱蒼とした緑に包まれていたそうです。ここに窯を築いた陶芸家がアトリエとして利用したあとは浄智寺に返納され、長い間手つかずで置かれていました。それを、土地の所有者である浄智寺から相談をもちかけられた「鎌倉古民家バンク」が、”みんなの集まる古民家”をテーマに再生。たからの庭として2009年秋にオープンしました。
和菓子づくり、陶芸体験、日本画、しつらい講座などの数ある講座の中から、私が選んだのは和の香り創作。今回は、お正月にふさわしい「香り繭玉飾りと屠蘇散づくり」です。

ふだんの暮らしでは、精油かお香、もしくは香水を香りのアイテムとして利用していますが、それらの原料をたどっていくと薬用植物に行きつきます。講座の先生である、かほり紫代表の西島紫さんは、イギリスでアロマテラピーやハーブなどを学び、帰国してからは生薬としての植物の役割も追究するようになったといいます。肩書きは香司(こうし)。香司では一般の人にはわかりにくいので「和の調香師」と西島さんはいっています。香りだけでなく、植物の漢方からみた効能なども配慮して香りをブレンドする、香りに関する一切の責任を負う仕事です。「和の香りのスペシャリスト」ですが、西島さんは、和の天然香原料と漢方生薬が同 じということを知ってから、和の香りと漢方、嗅覚と味覚の両面の研究を重ねています。

机の上には「白檀(ビャクダン)」や「龍脳(リュウノウ)」などの和風な香りの香木や香料もあれば、ふだん料理のアクセントに使っている「丁子(クローブ)」や「桂皮(シナモン)」などのエスニックなスパイスまで、たくさんの天然香料が並びました。先生の作った調香表を参考に、好みのさじ加減で調香することもOK。ちなみに、この講座では香りを「聞く」と表現します。香道で「聞香(もんこう)」と表現するのと同じで、ゆったりと香りに思いをめぐらせ、心から味わいます。
香木ひとつひとつの香りを聞きながら9種類をブレンドしました。それを5つの繭玉にわけて入れていきます。日本各地で養蚕が盛んだった時代に、繭玉飾りは養蚕農家が養蚕の繁栄や豊作を願って作られていた縁起物でした。現在では地域によっては、餅団子やプラスチックのピンポン球のようなものをネコヤナギ、ナラ、ミズキなどの木につけていますが、あの紅白の丸い球は繭玉の名残です。大正月の明けた1月8日から飾るところもあれば、14日の日没からのところもあり、地域の風習によってさまざまな模様。幸福をがっちりとかきこむ縁起のいい熊手に飾り付けてみました。本物の繭玉にブレンドした天然香原料を入れて陰陽五行説に由来した5色の紐とともに熊手に飾り付けるのは西島さんのオリジナルです。

「細かい作業が多くてごめんなさいね〜。私、こういう細やかでていねいな作業が好きなのよ」。さまざまな香りの特性を知り、どういった形で古きよき香りの伝統を伝えられるか、工夫を凝らした結果、1年中ずっと飾っておくこともできるオリジナルの香り繭玉飾りを作る事にしました。みんなが手を動かしている間も、西島さんは香りにまつわる歴史の話、宗教にちなんだ話など、準備したテキストを追いながら熱っぽく語ります。
繭玉が完成したあとは、屠蘇散づくり。歌川国芳「屠蘇機嫌三人生酔」には、ほろ酔いの3人娘と繭玉が描かれていますが、まさに大正月に忙しく働いた女たちの正月ともいわれた小正月にふさわしい浮世絵です。西島さんは、今度は少しずつケースに入った陳皮や花椒、百合、大茴香(ダイウイキョウ/スターアニス)、山査子(サンザシ)、甘草(カンゾウ)などの生薬・薬草を並べました。材料はすべてオーガニック。漢方薬局から購入しています。

お屠蘇といえば、屠蘇酒が用意できないときは日本酒でもいいかな、という感覚だったのですが、本来の屠蘇を飲む意味、屠蘇の語源のひとつ「邪気を屠(ほふ)り、魂を蘇らせる」を考えると、薬酒としていただいたほうが良さそうです。生薬や薬草を配合した屠蘇散をみりんや日本酒に一晩浸して作るお屠蘇ですが、どうやら、屠蘇を飲む習慣が民間に広まった江戸時代には、使い方を誤って中毒者を出した史実もあるのだとか。ここでは、西島さんが漢方上級スタイリスト、薬膳アドバイザーであることから、安全な範囲で調合を行っているので問題なし。飲み方まで指導してもらいました。

「古き良きものに目を向けて残していくことをしていきたいのです」というのは、たからの庭主宰、NPO法人Takara鎌倉の代表、島津克代子さん。20年前に東京から鎌倉に移住した際に、そこにノウハウがないために簡単に壊されてしまう古い建物があることを知りました。自身は街のあちこちに昭和の残り香のある鎌倉に惹かれて引っ越してきたのに、一方では古いものを持っているだけで手をかけないで恥ずかしいという大家さんが多く、せっかくだから維持して有効活用しましょうと仲介役になることを決め、宅建などの資格も取得しました。そして、古民家と人をつなぐ活動をしているうちに「鎌倉らしさ」を発信することをしてみたいと思い始めたそうです。そんなときに、この物件に出合いました。
実際に自然とともにある古民家を維持するのは大変なのですが、今では何人かの陶芸家をはじめ、和菓子作家や編み物作家、画家、版画家などがシェアアトリエとしてここを使うようになりました。参加するメンバーみんなでたからの庭を管理・維持しています。

「鎌倉らしい”和”や”自然”をみんなで体感できる場所をめざしてここが始まりました。和の香りづくりの西島さんはここでお教室を始めて3年目になります。この静かな雰囲気、とてもいいでしょう? 鎌倉、室町時代は、このあたりまで浄智寺さんの境内で、たくさんの僧侶が生活している場だったようです」と島津さん。古民家に迫る鎌倉石の壁はところどころに彫った跡が見られ、僧侶たちが修行の一環として祠や洞を掘っていたのではないかといわれています。

土地に対するリスペクトを大切にして行きたいという島津さんと、古くから伝わる伝統をさまざまな形で伝えたいという西島さんの思いが重なった講座は終盤にさしかかり、さらに白熱していきます。「アロマと比べると、お香は宗教的な意味もあるせいか、気軽に広まってはいないんですよね。お香の特性を考えると寺社仏閣の多い鎌倉でこういった講座を開講したいと思い、ここで講座を開きたいと島津さんに訴えたんです」という西島さん。今後はお香に関わりの深い宗教儀式について見識を深めていきたいといいます。西島さんはたからの庭でご縁がつながり、鎌倉の覚園寺と明王院のオリジナルの塗香(ずこう)も作っています。

これまで、鎌倉には何度か足を運びましたが寺社仏閣めぐりや山歩きをする程度でした。せっかく武家の古都として世界遺産候補にあがったこともある土地なのにそれだけではもったいない。一歩足を踏み込んで土地の情緒を味わいながら何かを学びたい、と思っていたら、ぴたりと今の暮らしや気持ちに合う講座に出会いました。

小正月は女正月ともいい、お正月に忙しく働いた女たちをねぎらう日でもあります。今年の1月15日は平日ではありますが、朝は小豆粥を食べ、帰ってきたらお屠蘇を飲んでたまにはのんびりとした時間を過ごしましょうか。ん?たまにかな? こんな調子でありますが、今年も引き続き連載「暮らしと、旅と...」を、どうぞよろしくお願いいたします。

たからの庭

神奈川県 鎌倉市山ノ内1418 MAP

0467-25-5742

http://takaranoniwa.com

「かほり紫・香座」は、毎月第3日曜10:00~12:00、13:00〜15:00(約2時間) 料金は3,000円から4,500円あたり(開催日時と講座内容は変動するので、要問い合わせ)

たからの庭

※掲載の内容は、記事公開時点のものです。変更される場合がありますのでご利用の際は事前にご確認ください。

文:

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