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向島・島民に愛される和み場所で、あの人のあの味を

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向島・島民に愛される和み場所で、あの人のあの味を
連載「暮らしと、旅と...」向島編の最終回は、島で出会う人たちが毎回のようにランチにおすすめしてくれる「向島洋らんセンター」内にあるオープンカフェ「Pacu Pacu」をご紹介します。ここは、前回ご紹介した立花テキスタイル研究所のみなさんも常連だとかで「向島でのランチといえば、洋らんセンターのカレー」という人も多いとか。そんなPacu Pacuで人気なのが、じっくり煮込んだいのしし肉のカレー。でも、実はカレーよりもシェフの江頭さんのファンのほうが多いというウワサ...!
カラフルなニット帽に紫のフリース、黒のアームカバー。寅さんの佐藤蛾次郎の面影もちらりとみえるコワモテ風のお顔は、近寄ると意外と優しげで「はて、どこかでお会いしたような?」とついお声がけしたくなります。「暮らしと、旅と...」向島編vol.1で訪ねたウシオチョコラトルに置いてあった手描きの「尾日新聞」にも、江頭正(えとうまさし)さんは、大きく登場していました。

尾日新聞を制作する岡本真菜子さんになぜ、江頭さんをこんなに大きくとりあげたんですか?と聞いてみたら、「江頭さん、スゴく素敵だから、いろいろ話が聞きたくてインタビューしました。おそらく、4歳から80歳くらいまでものすごく幅広い人脈があり、高見山、向島の自然の知識も豊富。人の愚痴を聞く高い技術をお持ちですよ」と教えてくれました。岡本さんはじめ、立花テキスタイル研究所のみなさんも江頭さんが大好き。

私もこれまで何度かランチを食べに来た記憶をたどり、客層を振り返ってみると、地元のお母さんと子ども、おじさん、若いカップル、女の子たち.....常連さんが多いようで、みなさん、厨房のシェフとは、カウンターでひとこと、ふたことやりとりがありました。いつ来てもいてくれる、安心させる江頭さんの存在とカレーの味は、いわば、向島の「おふくろの味」ならぬ、「オヤジの味」といったところなのでしょうか。

ちなみに、下の写真とコメントは「尾日新聞」のもの。私が行った日も、まさにこの通りのスタイリングでした。移住してまだ日が浅い岡本さんですが、東京でプロのフォトグラファーとして活動していただけに、ぐぐっと江頭さんの魅力に寄っていて江頭さんを知らない人なら、早速見に行ってみたくなります。
カレーもそうですが、ここは、アウトドアで食べる気持ちよさも人気の高い理由のひとつ。だだっぴろい芝生広場はオーダーを待つ間に散歩したり、子どもたちが駆け回っていたり、開放感にあふれています。ここは、休日はライブを行われることもあり、尾道市民にとって憩いの場所でもあります。晴天率の高い瀬戸内地域だけに、冬でも外で食べる人が多いとか。もちろん、寒ければ中でも食事ができます。

江頭さんがPacu Pacuのシェフになって今年で7年目。それまで、尾道のフレンチレストランや向島の大きなレストランのシェフでしたが、Pacu Pacuではメニューを欧風カレー1本でいくことにしたのには理由がありました。「高校生のとき、アルバイト先を探していて、一番最初の面接先で食べたカレーが劇的にうまくて。これがカレーなんじゃ〜〜!という出会いが15歳でありました。当時は今みたいに手の込んだカレーはなかったと思うんよ。だからよけい記憶に残ってね」。

半世紀ほどの月日が経っても鮮烈に残る食の記憶。高校時代から始めた飲食の仕事を55歳で辞めたときには二度と飲食の仕事をしないと思っていたのが、2008年、同じしまなみ海道沿線にある弓削島の地産地消カフェ「しまでcafé」開業の際にアドバイザーとして入り、そこで働く島のお母さんたちを指導しているうちに江頭さんの心に火がつきました。「生まれ育った地域に恩返しをしたい!」。その思いを形にするために趣味の昆虫採集から地域を知る活動を始めました。そういえば、これまで「暮らしと、旅と...」でご紹介した向島で働く人たちのなかで、江頭さんは唯一の向島出身の地元人です。

「年をとるとどんどん素直になるけんのー。何か、地元のために自分のできることはなんだろうと考えて考えて抜いた末に、カレーだったら俺は勝負できるだろう、と。あの、10代のときに衝撃を受けたカレーを作ろう、そう思っているうちにこの場所があいたんよ。で、ここの所長がぜひいのしし使ってよ、いのししたくさんあって困っとるよ、というので、いのししカレーを作って定番メニューにしたわけよ」。これまでと同じ飲食の仕事ながら、考え方の変化とともに方向性やシェフとしての在り方も変わってきたといいます。
メニューは、カレーとコーヒー、ぜんざい、ドーナツ。いたってシンプルなラインナップ。カレーは、じっくりと素材を煮込んだ欧風カレーがベースとなっており、定番のいのししカレーのほか、ビーフカレー、ハヤシライスに加え、日替わりのレモンカレーがありました。価格は700円〜850円で、温野菜のトッピングは+150円。奇をてらわずにこれまでフレンチや洋食で培った技術に忠実に、丁寧に作ります。

「熱いうちに食べ、食べ」と江頭さんがいうので、一番人気のいのししカレーを熱々のうちにひとくち。うまい。おいしいというよりも「んまい!」という言葉のほうが似合う味。向島をはじめとした瀬戸内の島しょ部は、1年中温暖な地域であることからいのししは脂肪を蓄える必要がなく、特有の脂っぽさがありません。肉にもまったく臭みがなく、うまみがしっかりとカレーに溶け込んでいます。

「解体がいのしし肉のおいしさの決めてっちゅう人がおるけど、猟師が鉄砲で撃ったときに、どのいのししを獲ったかでもうすでに決まっとるんじゃ。罠で捕まって苦しんで血が全体に回ってしまっておるのとうちで使ういのししは違うんよ」と江頭さん。いつもいのしし肉を触っているだけに、誰がどんな風に撃ったのかで味が変わるのがわかるそうです。
「エサの問題もあって牛肉なんて信じとらん、野生の森のものを食べているいのししが大好きっちゅう人もおってね。懇意にしている猟師さんはいのししのエサの時期や何を食べている時期がおいしいかとか鉄砲玉の撃つ位置などを実際に食べ比べして知っとうわけよ。切り分けもすぐやっているから鮮度のいいものがここは手に入りやすいよ」と江頭さん。許可を受けたところから購入していますが、やはり猟師の情報網を持っています。

同じ広島県でも、本州側と島しょ部とで味が違うといいます。瀬戸内海の辺りはイノブタが野生化したものが多く、イノシシとブタのかけあわせだけに、そもそもの味が異なります。また、島しょ部は温暖な環境で、ミミズの種類、鳥のフンなどエサの環境が本州側とエサの条件も変わります。特にミカンを食べているイノシシは格別のおいしさなのだとか。

でも、イノシシは里山とともにある動物で、なぜ、洋らんを育てるこの場所でイノシシなのでしょうか? オープン当初から所長をつとめる株式会社オーキッド向島の林原透さんが答えてくれました。「島しょ部にいのししがたくさんいてしょうがなかったから、どうにか活用しなければと思って頼んだんですよ」。向島洋らんセンターは昭和63年に町づくりの基本理念として、「全島公園化」を位置づけたことでできた施設で、洋らんは昭和40年代からミカンの代替作物として導入されている向島を代表する農産物のひとつです。そして、オーキッド向島の前身は洋らん農家が出資してでいた農事組合法人が株式会社になったもの。「いのししにかかわらず、地域の物を地元の人たちが食べるのが一番の地産地消でよいと思っていました。だから、島の人たちも集まるここで出そうと。最初、いのししをカレーにと江頭さんに頼んだら、え? と驚いとったけどね」。
現在は、シェフのほか、向島の自然を愛する同好会「つるかめクラブ」の事務局をしながら、林原さんたちとともに地域の子どもたちと山歩きしたり、昆虫採集したり、米作りをしたり。地域の子どもたちにここで生まれ育って、向島を大切にしてもらう第一歩にしてもらいたい、とギターをつまびきながら語る江頭さん。お酒も飲んでいないのに、その音と江頭さんの独特の語り口に酔いしれながら話を聞いてしまったのでありました。

「旅人にとっては、こうやってカレーを食べさせてああだこうだいうじじいに会う旅もあっていいじゃろ? 向島の人たちと話して触れ合う暮らしの旅もいいんよ。でも、旅でここに気持ちええな〜と座って、出てくるカレーがインスタントカレーじゃあ困るじゃろ? それじゃあいけんしの〜」。

写真は、左から向島洋らんセンターの所長、林原透さんと江頭さん。地域づくりに励む以前に、島の自然と循環を感じられる環境づくりと子どもたちの感性をのばす場作りを行いたい、と仰るおふたりの後ろには、大きな天体望遠鏡がありました。これで、ここで江頭さんのギターを聴きながら星空を眺めたら、きれいだろうな。

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文:

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