終戦の日に寄せて。
先日、知覧特攻平和会館に行きました。
鹿児島で必ず訪れるべき場所のひとつだと思っています。
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太平洋戦争末期、フィリピン・レイテ島沖海戦で特攻作戦が本格的に始動し、その後の沖縄戦ではかなり大規模な特攻が繰り広げられました。その沖縄戦での特攻の出撃基地は沖縄に近い南九州に集中しており、中でも大多数の陸軍航空特攻隊が出撃したのが知覧です。
知覧特攻平和会館には、若き特攻隊員たちが家族に宛てた手紙や遺書、身の回り品などが数多く展示されています。
※展示室内は写真撮影不可なので、写真OKのロビーや屋外展示、零戦の写真です。
1枚目はロビー。知覧から飛び立つ時まず見えるのが開聞岳(薩摩富士)。未来ある若者と桜や虹、太陽が重なり、手を合わせることしかできません。
2枚目は海軍の零戦(鹿児島の沖に沈んでいたもの)、3〜4枚目は隊員が出撃を待ちながら過ごした半地下式の三角兵舎(再現)、5枚目は特攻勇士の像です。
記憶に新しい映画だと、2023年の"あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。" は知覧の特攻基地がモデルです。あわせて見るとより思いが溢れます。
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特攻にもフェーズがあり、また海軍、陸軍それぞれが航空特攻と水上特攻の両方をやっていたので、到底知覧だけで語り尽くせるものではありません。全国にはほかにも特攻や戦争の爪痕を見ることのできる場所があります。私もまた他の地でも訪れ、学びを深めたいと思いました。
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War is never the answer.
#知覧特攻平和会館 #知覧 #鹿児島
2026.08.15

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三重から日帰りで知覧をどこまで回れるかチャレンジ③
知覧特攻平和会館
今も昔も日本有数のお茶の産地である知覧町。
日本が真珠湾攻撃をかける前からすでに本土最南端の飛行場として知覧町が候補にあがっていました。
適度な平野、年中風が吹く、シラス台地による水捌けの良さなどから建設が決まり、開戦とほぼ同時に知覧飛行場は完成。
同時にに大刀洗陸軍飛行学校知覧分教場が開設されました。
戦争末期には陸軍特別攻撃隊最前線基地となり全国で特攻により命を落とした1039名の内、半数近い439名もの隊員がここ知覧から出撃、開聞岳を最後に見て散華しました。
アメリカは沖縄に上陸し次は九州へ上陸するために知覧飛行場は合計15回の空襲を受け周りの住民も被害を受けた悲しい過去があります。
それでも知覧をはじめ、鹿屋と万世とも犠牲を払いながらも最後まで戦い九州上陸を阻止しました。
知覧飛行場のあった場所に今は知覧特攻平和会館が作られ439名の遺品、遺書、隊員のお世話をしたなでしこ隊の日記から他の基地で使われた特攻兵器震洋の展示もあります。
人生に迷ったら知覧に行けと言う言葉がありますが知覧の苦悩や誇り、関係した人たちの心情と犠牲の元に今を生かされている事を覚えておかないといけないと思います。
#あきらの九州
#あきらの資料館
2024.09.23

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