夢じゃない、夢の旅
#地図の読めないおやつ旅 #旅行記 #おやつ探し #有田
ひとり暮らしを始めた際の楽しみは、自分好みの食器を集めることだった。最初は安価なものから揃えたが、年齢を重ねるに連れ、手の届く食器が増えて来る。
中でも欲しかったのが、有田焼のしん窯青花のものだ。実家に異人さんシリーズの皿があり、白地に藍色の色合いは飽きないし、異人さんの表情やポーズもユーモラスで、和食器なのにハイカラな、和過ぎないのが魅力。長らく、有田の窯元を訪れ、現地で購入することを夢見ていたが、行き慣れない身からすると、東京から九州までは遠い道のりに思え、オンラインでの陶器市で買ってしまった。
こうして有田に行かずして、目的の食器を手に入れたのだが、工房見学や窯元巡りへの憧れは果たされず残っていた。そして、次のような思いを胸に、ついに有田を訪れることにした。
いつ起きてもおかしくない震災、同級生の病没、親の健康寿命。数年前から絶えず頭の片隅にある。加えて、夏場の豪雨災害にコロナの流行。人生100年時代と謳われているが、同時に人生明日までの時代でもあると思う。「やりたいことがあり、やろうと思えばやれるなら、やれるうちにやる」。最近意識して、そう考えるようにしている。それに、まだそこまでの年齢ではないけれど、歳を取るに連れ、どこかに行きたいと願う好奇心や欲望自体が、希望であり、恵みであるとも思う。こんな調子だから、家計に占める旅費の割合は突出していて、圧迫するほどであり、時に冷静になっては、青ざめる。それでも有田には、行けるうちに行っておきたい。
佐賀駅から特急で40分、有田駅に着くと、午前中はコミュニティバスで上有田駅近くまで乗り、散策がてら引き返すことにした。トンバイ塀のある裏通りを20分ほど歩くと、深川製磁にたどり着く。冷やかし半分で中に入ると、アウトレットコーナーを見つけた。まだまだ序盤であまり高いものに手を出せないので、ご飯が一人分炊けそうなうさぎ柄のミニ土鍋を買った。続いて香蘭社には展示室があり、美術館のように昔の名品を見ることができた。また「有田の三右衛門」と言われる、今右衛門と源右衛門を見ると、前者はとても手の届く値段ではなかったが、後者にはひとつだけお手頃価格の皿があり、飾り皿にと購入した。
有田駅に戻り、午後はしん窯青花の工房見学から始めた。社長自ら案内してくださり、念願の絵付けの現場を見ることができた。ちょうどオランダ船の柄を描いていたが、鉛筆で目印の線だけ引くと、あとはフリーハンドで迷いのない手さばき。その道30年の職人ばかりとのことで、社長とも厚い信頼関係がある様子が伺えた。一番感激したのは、大好きな異人さんの絵付けを見られたことで、製品になる前の素焼きに描かれたお顔も製品同様かわいらしかった。
見学のあとは、お楽しみの買い物で、ショールームの外にもアウトレット品がたくさん並んでいた。大量の異人さんを一度に目にすると感無量で、オンラインでは味わえない光景だ。皿ではなく、珍しいコーヒードリッパーと飾り用の一輪挿しを選んだ。秋の陶器市に重なったので、割引価格で購入でき、喜びもひとしおだ。
最後に佐賀県立九州陶磁文化館へ向かった。入場無料で、有田や鍋島など、佐賀のものを中心に、九州他県や関連する外国の作品も見学できた。
有田に来ることは長年の憧れであり、夢とも言えた。朝から夕方まで、写真を撮る以外スマホを手に取ることも、水筒のお茶を飲むこともほとんどなく、無我夢中でお店を巡り、審美眼を働かせて買う買わないの判断を下した。最近、物欲卒業?と思った決意も一瞬で覆るほど、食指の動く素敵なものがたくさんあった。こんな時に我慢するのは野暮だけど、予算と持ち帰れる量には限りがあるので、ギリギリのところを攻めるのが、腕が試されて楽しい。お店で振る舞われたお茶やランチにも地元の食器が使われているし、洋館風の建物や商家建築も美しく、洗面所のシンクや標識にも陶磁器があしらわれていて、街全体の美意識が高かった。久しぶりの濃密な1日に、この幸せが永遠に続くような、甘い夢を見られた。