【大橋家住宅】
おっきいお屋敷!見どころたくさーん👀💡♡
こちらは蔵の中の写真🤳
📍岡山県倉敷市
国指定重要文化財
写真🤳資料より
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江戸時代の金庫で「寛永通宝」と
「藩礼・銀札」が収められています
「寛永通宝」は1636年(寛永13)~1860年(万延1)に作られた江戸時代の代表的な通貨で、一文気といわTV番組の銭形平でも有名です。
「藩札」とは江戸時代、諸藩が発行し、その領内だけに通用させた不換紙幣で「銀札」も同様銀貨代用の紙幣です。
どちらも通貨が不足していたのを補っていたとされます。
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🪧大橋家ホームページより🪧
大橋家の先祖は豊臣氏に仕えた武士でした。1615年大阪落城の後、京都五条大橋辺りに隠れ住んだようで、幕府の追及を逃れるため大橋を称するようになったと言われています。このころから数えると400年余りの歴史がある家柄となります。
大橋家は倉敷町屋の典型を示す代表的な建物で、主屋や長屋門・米蔵・内蔵の4棟が、昭和53年(1978)国の重要文化財の指定を受けています。
街道に面して長屋を建て、その内側に前庭を隔てて主屋を構えた建物の配置が特色となっています。主要な出入り口がその長屋を貫くように作られているため「長屋門」と呼ばれ、通常の町屋では許されない事が行なわれていることは、当時倉敷代官所の許可があったわけで、その格の高さが偲ばれます。
主屋は入母屋造(いりもやづくり) で本瓦葺き、屋根裏に部屋と厨子(ずし)を設けた重層の建物が主体となり、東には平屋建ての座敷があります。
用材の多くは地方産の松を使い、化粧材はケヤキ、杉などを用いて鉋(かんな)仕上げにして、簡素ではあるが行き届いた建物となっています。
「普請覚」のほか,棟札・墨書等の資料から寛政8年(1796)より寛政11年(1799)にかけて主要部分が建築され, その後,文化4年(1807), 嘉永4年(1851)の2度にわたって大改造が行われたことが判明しています。
平成3年~7年にかけて,3年4カ月を要した建物の解体を含む保存修理工事が行われ,最も屋敷構えの整った嘉永4年(1851)の姿に復元され 当時の格式の高さと繁栄ぶりを伺い知る輝きを取り戻しました。
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写真3、4、5枚目は蔵の写真🤳♡
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