【国立歴史民俗博物館】
『中世武士団』地域に生きた武家の領主
私は歴史が好きだけど、今一つわからないことがある。
日本の中世っていつからいつまでを指すんだ❓️
朝日新聞にこの☝️展覧会の記事が載っていたのです。
何かムクムクとみてみたい‼️ と思っちゃいましてね……解説板の文章もわかりやすいらしい
日本の中世は平安時代の半ば~戦国時代くらいまでらしい。
そんなに広範囲だったのか🤫
でもね……展示がわりとマニアックで、だんだんこんがらがって、おまけに寝不足で歩いていながら寝そうになるという最悪😞⤵️⤵️の状態
帰ってから、貰ってきたパンフレットを読み、ネットで🔎して復習したのです。
鎌倉の武士団は複数の領地を持つ。
肥前にも領地があったのが千葉氏。
佐賀県ですね。今の小城市に領地があり、そこも領地経営をしないといけない‼️
おまけに〈元寇〉が起きるでしょ‼️
九州に領地があると関東に帰ってこられなくなる一族の人もいるわけ。
それで〔肥前千葉氏〕になったみたい。
関東から来たのだから、よそ者よね。領地支配するために宗教を利用したのね。
それで、上の☝️仏像とか造って、領民の幸せ😆🍀を祈ったんだって🙏
その土地の良き領主になっていた……
ふーん(o・ω・o)
簡単に言えばそうなのか……
でも、千葉氏はどうなったの❓️
🔎してみると……関東の千葉氏は何か散々な目にあっているみたいだけど、肥前千葉氏は最終的には、佐賀鍋島藩の家老になって江戸時代を乗りきっているんだよね(^-^)v
鍋島の苗字を藩主から賜ったそうです。
実は『鎌倉殿の13人』途中で見るのやめちゃったんだよね。確か千葉の何とか……という人を岡本信人さんがやっていたと思うけど……
『吾妻鏡』の1199年4月12日 の記事に宿老13人の名前があるらしい。壇之浦の戦いから14年後だね。
その13人から、何人粛清されるんだっけ❓️
あっ、千葉氏は入っていません。
大河は見ないけど、鎌倉系の小説をまた読んでみようかな。また……というのは遥かなる昔に読んだからなのよ🤭
たわいないことを長々と書いてしまいました。興味のない人にはまったく何のこっちゃ……ですよね(;・ω・)