80
2014.12.12
徳島・里山にピザの香り。遊山場からはじまる新しい暮らし
連載「暮らしと、旅と...」徳島編 vol.2は、前回訪れた「粟カフェ」のオーナー中山竜二さんからご紹介いただいた、同じ神山町にある「yusan pizza」へ。今年の7月にオープンしたばかりなのに、あちこちで「もうピザは食べた?」と聞かれるほど、評判のお店でありました。なんでも、夫婦ふたりで営んでいる一軒家のピザ屋ということもあり、前日の夕方までに電話予約をしないと入れないことが多いとか。早速、電話をかけて予約を入れたところ、翌日のために既に生地を発酵中でありました。滑り込み、セーフ!
徳島市内から国道438号線から神山町に入ってすぐあたりの場所にある「yusan pizza」へ向かうも、1本道を入っていくだけで里山の奥深くにいるように見え、道があっているのかどうかわかりません。「おばちゃん、ゆさんぴざってこのあたり?」と歩いているおばあちゃんに尋ねてみると、「ほお~あんたら、予約できたんよね?ええね」と向かっている方向を指して、大丈夫、道はあっているよと教えてくれました。 予約しないといけない理由は、冒頭で書いた通り。夫婦ふたりで開いたピザ屋さんだからということもあるけれど、店主の塩田ルカさんが時間をかけて発酵させた生地を提供したいから。土台となる生地はゆっくりと発酵させると、もっちりとしながらも軽い口当たりとなり、速めに発酵させるとふかふかとしたパン生地のような食感になるのだといいます。 「要は、自分の好みでそうしているだけなんですけどね」とにっこり。実は、塩田さんは神山に移住するにあたり、ピザ屋にも、神山という場所にもこだわっていたわけではありませんでした。
「僕がピザ屋という職業を始めた入り口は、職人側からではなく、素材側からなんです」。塩田さんの前職は、食料品店の食材を仕入れる仕事。おもにオーガニックや自然栽培で作られた食材を厳しい目で見分けてきました。実際にさまざまな農家や生産者のところに脚を運んでいるなかで、和歌山県で自然農を営む米市農園(現在は休業中)の髙橋洋平さんに出会ったのが彼の転機のきっかけです。農業を営みながらセルフビルドでピザ小屋や窯を作り、自家製の小麦で粉を挽いて生地を作り、無農薬の野菜をたっぷりと使った贅沢なピザは大変人気があり、塩田さんも食べた瞬間に衝撃を受けたのだとか。 塩田さんは、彼のような自由な生き方を選ぼうと心に決め、自宅のある大阪から仕事帰りに和歌山に足を運び、窯の作り方やおいしいピザの焼き方、農の考え方などを髙橋さんから教わるといった生活を何ヶ月か過ごしました。現在、着々と目指していた暮らしに近づいています。「最初はこんな風に暮らしたい、というイメージがあり、自然農やピザ作りを教わるのと同時進行で移住計画をたて、そのなかで神山に出合いました。いろんな土地を見て回りましたが、子どもが神山を気に入ったのが大きかったですね」。 神山への移住の窓口となるホームページ「イン神山」のデザインセンスの良さや、それを制作した働き方研究家の西村佳哲さんの著書を以前読んでいたこと、知り合いのミュージシャンの実家が神山で自給自足に近い暮らしをしていたこと、それはもういろんな偶然の一致があり、ぜひとも引っ越したい!ということで家探しを始めたところ...「すでに古民家は100件待ちの状態でした」とがっくり。それでもあきらめず、「イン神山」を運営するNPO法人グリーンバレーに連絡をしておき、ある日ダメ元で足を運んだら、「ちょうどいいのがあるよ」とこの物件を紹介されました。 2012年の雪の日に初めて神山に足を運んでちょうど2年。今では大人気のピザ屋さんになり、振り返るとこの土地に移ってきて本当に良かった、と塩田さんはいいます。
「ピザを焼く際に煙が出てしまうので、近所の家からは離れた平屋の一軒家がいいと思っていました。まさに紹介された物件は自分たちの希望にぴったり。即決しました」。 前職を辞め、神山に引っ越してきた塩田さんと奥様の舞さん、お子さん3人は、修繕に手もつけていない築100年以上の古民家の片隅で寝る場所を探すことから始めましたが、そのうちに近所の大工さんや厚生労働省の認定を受けて「求職者支援訓練」などの目的で神山にいる「神山塾」のみなさんがやってきて、古い窓枠を探してくれたり、漆喰塗りをしてくれたりと修繕の協力をしてくれました。腕のいい宮大工さんが地元にいるお陰で古い物件も丁寧に復元できる技術が残っていることが素晴らしく、また彼らの裏打ちされた技術から生まれる発想にも感動したのだとか。例えば、古い磨りガラスを透明なガラスに変えただけで、引き戸がモダンな印象になりました。また、ピザ窯には、家を解体したときに出てきた壁の土を使用し、ともすれば存在感がありすぎる窯が古い家にもしっくりなじみながら存在しています。 いつか店をやろうと思い、廃品から収集していたお好み焼き屋さんの脚を使ってカフェテーブルにしたり、古木を使って椅子を作ったり.....塩田さんと奥様の生きる姿勢が表れるような工夫に満ちたセンスあふれる店内は居心地がよく、お昼は予約でいっぱいでもお客さんがゆったり食事ができるようになっています。「お金がなかったのが、かえっていろんなことの良さが見え、工夫する知恵がついてよかったのかもしれないですね」と塩田さんは奥様の舞さんと顔をあわせて微笑んでいました。ちなみに、「yusan pizza」の看板やロゴに使っている愛らしさのある山と太陽のイラストや文字も、ルカさんが描いたものです。
さて、肝心のピザのほうは、生地にひとかたならぬ手間ひまをかけている塩田さん。小麦の原種であるスペルト小麦などを北海道、三重、滋賀などから取り寄せています。おもちのような食感は和歌山のおませ小麦を使用。生地の材料はそのとき手に入る物で配合を変えます。神山は湿度が高く、地域になじむピザ生地になるように食感は軽いながらも少しもっちりと、が理想。ピザ窯の余熱を生かして長時間発酵するようにしています。酵母は白神こだま酵母を使用。材料は安心して色んな人たちに食べてもらえるようになるだけオーガニックのものを、と心がけています。 ピザは定番のものが4種、日替わり3種の合計7種類から選べ、この日は日替わりのなかから、木次の二種類のチーズとオーガニックトマトソースのピザと前菜、飲み物の前菜セットを頼み、もう1枚いけるかなというところで、お隣さんと一緒に干しりんごと玄米甘酒ソースのピザをデザートにいただきました。お隣さんはいただきます農園のレンコンと自家製海苔のソースのピザをオーダー。シャリシャリとしたレンコンの歯触りがおいしそう! どの具材も、もっちりとしながらも軽くてサクッと食べられる香ばしい生地と野菜やチーズの力強い旨味と相まって、何枚でも食べられそうな気配。でも、生地は前日から仕込むので、突然に増やせるものでもありません。予約する場合は数人でひとり1枚+みんなで1枚でちょうどよさそう。
「自分の子どもに食べさせたいもの、自分が食べたいものを人様に出したいんです」。ピザ1枚の単価が1300円前後と考えるとその材料では儲けにならないのでは、と塩田さんに聞くと、「今は家族を食べさせるのにやっとですけど、ここに来ておかげさまでいろんな人が来てくれるようになりましたし、家族と一緒の時間が持てるようになったのでよかったです」と返ってきました。 また、この秋には偶然に憧れのサンフランシスコのオーガニックレストラン、「シェパニーズ」の人たちが来店しました。国際的にも注目を浴びている神山町だからこそ、そのような経験ができたと喜ぶ塩田さん。過疎の町でも外国人が頻繁に出入りする環境があるのは世界を旅した人たちが移住してきていることや、アーティスト・イン・レジデンスがあるからこそ。 「yusan pizza」の名前の由来は、徳島に古くからある「遊山(ゆさん)」という習慣から。家主のおばあちゃんから、近所の子どもたちがおかしや巻き寿司などを詰めた遊山箱を持って、おしゃべりに来る「遊山場」だったと聞き、素敵なストーリーにちなんで店名を付けました。現代もまた、その名の通り、昼どきにほうぼうから人が集う場所となった「yusan pizza」。塩田さん一家は、ここから、新しい暮らしもスタート。念願の畑も少しずつ始めており、来年は自家農園の無農薬野菜だけを使ったピザを提供できるようになりそうな気配です。 現在、神山には、「yusan pizza」のように古民家を改築して新しく命を吹き込み、生き続けているお店やオフィスが増加中しており、連日のようにメディアにとりあげられています。神山が人を集める理由を、いろんな角度からもう少し眺めてみようと思います。次回は、集落の中心部に位置する、かつて酒造を営んでいた古民家、「横山家」を訪れます。しばらく空き家だったという横山家は、どのように生かされているのでしょうか。どうぞお楽しみに。
連載コラム「暮らしと、旅と...」バックナンバーはこちら
yusan pizza
ユサンビザ
ことりっぷ編集部おすすめ
このエリアのホテル
※掲載の内容は、記事公開時点のものです。変更される場合がありますのでご利用の際は事前にご確認ください。
※画像・文章の無断転載、改変などはご遠慮ください。
朝比奈千鶴
ごはん
の人気記事
の人気記事