徳島・冬の森の神秘とスーパーマンに会いに行く
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徳島・冬の森の神秘とスーパーマンに会いに行く

徳島の一部の地域が雪に見舞われた12月5日。ちょうどお昼過ぎまで私が滞在していた神山も、離れた直後にこの冬初めての降雪がありました。みるみるうちに山は白銀に染まり、前日に訪れていた「四国山岳植物園 岳人(がくじん)の森」はすっかりと雪景色に包まれてしまったようです。標高約1000m、ゆうに4ヘクタールもの広大な敷地面積持つ「岳人の森」は、山田勲さんが42年前に森を拓くことから始めた壮大なプロジェクトでした。

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冬なのに「岳人の森」へ向かったのは、なんといっても神山の住民たちに「スーパーマンの偉業は実際に見ると驚く」と足を運ぶことを強くおすすめされたから。同じ神山町にありながら、中心地からは車で30分くらいかかるといわれ、いったいどんな山奥にあるのだろうか、想像すらもできませんでした。だって、神山自体が徳島市内から1時間もかからない場所にあるとはいえすっかり里山の風情なのでその奥って車が入れるの?という疑問も。そもそも、山岳植物園って何だろう?

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鮎喰川源流近くにある「岳人の森」へは、山田さんの次男である充(みつる)さんと一緒に向かいました。「僕が生まれる前から父は森を造っていました。孫のいる今もまだ道を拓いて植樹をしていて、まだまだ森造りは進行中です」と充さん。和食の料理人として飛騨高山などでの12年の修業を経て5年前に地元に戻ってきました。 神山は戦後、スギの植林政策によって繁栄した町。古くから林業に従事していた山田家7代目の勲さんがまだ20代で森に入っていた頃、幼い頃から親しんできた土須峠のシャクナゲの伐採現場を目にしてしまい、経済発展とともに失われていく森の姿に胸を痛めたそうです。当時国有林が伐採され、建材となるスギが次々と植林されていくなかで世の中に逆行し、「自然山岳美を活用する」という夢を抱いた勲さんは、まだ林業で神山が栄えていたころに共同山の権利を破棄しました。そして、風が強いため植林ができないような雑木林を手に入れ、ユンボや自らの手で開拓し、シャクナゲの森造りを始めたのです。高度成長期の時代ですから、経済発展に背中を背け、黙々と植樹していく勲さんに対して、周囲の人たちは異論を唱えていましたが、春のシャクナゲシーズンには1日1000人以上の観光客が訪れる日を迎えたとき、勲さんの功績は認められました。今では神山を代表する立派な観光資産です。 充さんは、人生をかけて森造りに励むお父さんの姿を見て育ったせいか、この森とともに生きていくことが当たり前と思っていたそうです。実際に神山のことが大好きで、修業先でそのまま落ち着くということは考えていませんでした。 「商売的には四国よりは本州のほうがいいし、自然環境があるところであれば尚いいなと思うけど、せっかく自分に与えられた環境があるのだから、それを受け入れて生きるというのもいいでしょう?」という充さん。生まれた育ったところへは、母親に対する愛情ような郷土愛があるといいます。「住んでいる人は、持っているものの利用価値を意外と知らないものなんですよ」と外に出た12年間で俯瞰して土地を眺めることができたそうです。 さて、神山のスーパーマン、勲さんの登場です。

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勲さんの後ろを歩いてみますが、誰も手を付けたがらなかった荒れ地と思えないくらい道が整備されています。まずは6年かけて整地したキャンプ場。シャクナゲの里づくりと同時にキャンプ場の開設を目指したのは、「山のシンボルであるシャクナゲを守り、人に自然と対話をしてもらう場作り」をしたかったから。それが真の地域活性につながると信じていたからだそうです。歩きながらあちこちを指差し、ここもあそこも、といった風に手を入れた場所について説明をしてくれました。実は今では庭木として知られているエゴノキを、全国で最初に庭木として植栽することを発案したのは勲さんなのだそうです。 シャクナゲやツツジ、フクジュソウ、クリンソウなどの季節に華やかな色をつける花のほか、ここでは、ヒメシャガ、レンゲショウマなど徳島においての絶滅危惧種の保護にも努め、四国山岳植物園として貴重な植物を集めて植栽しています。「潜在自然植生が大事です。元々そこに育つものが一番強いんです」という勲さん、あまり手をかけなくても育つ自然になるように意識して固有種を植栽、外来種はできるだけ抜いているのだそう。近隣にある他の植物園は森の育成をされていた方が亡くなり、すでに荒れてしまっていました。そのような現状もあり、広大な森ではなるだけ手をかけなくても育つようにランドスケープを計算し、植栽しています。もともとは痩せた土地の雑木林ですから、土造り、環境造りにとても時間をかけました。なかには宿泊棟もあり、自然の静寂のなかで過ごすのをお目当てに毎年のように泊まりにくる常連客もいます。 「ほら、野イチゴ。おいしいけん、食べてみなさい」勲さんが歩いているそばから摘んだ白いところが残った果実は、見かけは不格好。だけど、手にとるといきいきとしており、口に含むと野性的な歯ごたえとジューシーな甘さが広がりました。

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ひとまわり散歩をするとあっという間に1時間が経ちました。2009年に充さんが戻ってきたときにオープンした「観月茶屋」では、ランチに予約をしておいた「阿波薬膳遊山箱弁当」(3000円)が用意されていました。ひと世代前の人までは各自の遊山箱を持ち、そのなかにお寿司やおやつなどを詰めて野山に遊びに出かけていたことから、徳島独自の文化である遊山箱を使い、県産の食材を用いて薬膳料理を意識したとりあわせの総菜を中に詰めています。この日は栗ごはん、田舎そば、自家栽培のひらたけの天ぷら、角煮など、見た目には女性ひとりでは食べきれないほど。でもほとんどの方がデザートまでぺろりと平らげていくそうです。 名物「わらび餅」は山で摘んだ天然ワラビをていねいに下処理をして3日間かけて柔らかく仕上げたもの。触ってぷるぷる、食べてにゅるりの食感は今まで食べたことのあるわらび餅とは全く違うものでした。また食べたい! 勲さんがスーパーマンでいられる影には力強い存在あり。影といっても笑顔いっぱいの奥様、幸代さんは、結婚当初から無謀ともいえる挑戦を続ける勲さんを手伝いながら今に至ります。「そうね〜こんなに忙しい人生になるとは思わなかったけんね」とにこにこと笑いながら、上下作業着を着て勲さんと軽トラに乗って出かけてしまいました。

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さらりと短い文章にまとめられると一瞬のような40年に見えますが、水も電気もない、雑木林から始まった森造りでは植物の株をわけてもらったり、山の土を掘り起こしたり、それはもう、言葉に尽くせないほどの経験を経て、現在があります。 山から下りてくる帰り道、一台の軽トラが止まっていました。近づくと、勲さんと幸代さんの姿が。道を覆うように広がる落ち葉を集め、荷台いっぱいに乗せて、幸代さんが「アラ〜恥ずかしいわ〜」と照れながらそれらを踏みつけていました。落ち葉は土づくりのために使う大事な肥料のひとつ。厳しい冬の季節に森をメンテナンスし、春になると5月にはシャクナゲの花の甘い香りでいっぱいに包まれる「岳人の森」。それは計り知れない努力の賜物でした。 最後に、冬にしか見られない美しい景色をご紹介します。下記の写真は、前回の年越しに充さんが撮影した雲早山・初日の出。今年もこの幻想的な景色を見に雲早山へのご来光登山が計画されています。冬山登山の経験者のみの募集ですが、幼き頃からこのあたりを知り尽くしている充さんが案内する雲早山登山はきっとさまざまなエピソードにあふれ、面白いに違いありません。何よりも、2015年最初のご来光を四国随一の霊峰、剣山系の山々を拝みながら浴びることができるのですから縁起がよさそうです。 「岳人の森」は雲早山の入り口に位置しており、ここが整備されていなければ山に入ることもできません。人の手によって守られ、育てられていく自然。「一度手をつけた自然は最後まで面倒を見なければいけない責任がある」そういった勲さんの思いを充さんがつなぎ、自然人が織りなす営みを体感できる森は存在し続けます。 暮らしと「岳人の森」、遠く離れた話題にみえますが、実はとても近いもの。植物に対する知識がないことで起こる環境破壊やそれによる品種の絶滅は生態系にも密接に関係しており、ひいては人間の生活環境にも関わってきます。遠いようにあるものを近く感じることができる、それは自然が無言のままに発しているメッセージを受け取れる感性をふだんから磨いているかどうか、ということなのかもしれません。 2014年9月から始まった「暮らしと、旅と...」はいかがでしたでしょうか? 来年は、1月11日(日)から毎週日曜日にお届けいたします。皆様、どうぞよいお年をお迎えください。

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四国山岳植物園 岳人の森・創作日本料理 観月茶屋

clock-icon10:00〜19:00頃まで
pin-icon不定休 ※1月2日(金)から3月19日(木)まではイベント時のみオープン
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