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2015.01.25
鎌倉・今日から始める、禅ごはん
お正月の贅沢口に慣れてしまい、カロリーの高いものを食べる日が続いています。これは食の嗜好を修正しなければ体に蓄積していくばかり。悲しいかな、体重だけではなく内臓や血液の値への影響も心配なお年頃なのであります。そんなときに精進料理の料理法を身につけていたならば、きっとふだんの食事から嗜好修正の糸口がつかめるはず。連載「暮らしと、旅と...」鎌倉編vol.3 は、稲村ガ崎の山庵「不識庵」の精進料理教室「禅味会」で、季節の禅ごはんを習ってきました。
江ノ島電鉄「稲村ヶ崎」駅から10分ほど歩いた場所にある「不識庵」を訪ねたのは、年明けすぐの穏やかな週末。海辺には冬の海を眺めに来ている人たちが太陽を浴びながら散歩していました。湿気が少ないせいか、陽の光、海の碧さ、空の青がずいぶんとはっきりしています。切り立った岩が海岸まで迫る稲村ガ崎は、海を背に江ノ電の線路を渡ると途端に陰になり、小高い丘や谷間には家々が立ち並んでいます。そんな中に不識庵はありました。最初、どこにあるのかわからず迷っていたら、同じく行ったり来たりしている人を発見。初めて訪れる人はたいがい道に迷ってしまうようで、クラスの先生である藤井まりさんがわざわざ携帯電話の番号を教えてくださった意味がわかりました。
「禅味会」を主宰する藤井まりさんは、精進料理研究の第一人者。けんちん汁で有名な鎌倉の禅寺、建長寺で料理を作る典座(てんぞ)を務めていた夫の故藤井宗哲さんとともに禅味会という料理教室を始め、30年経ちました。ここ10年は、日本のみならず海外へも精力的に講演や講師に出かけるというまりさん。暮らしのなかで実践できる禅ごはんとまりさんの気さくなお人柄に惹かれ、国内外問わず多くのファンが訪れています。 「精進料理というと、堅苦しい印象があるでしょう?だから、うちでは”禅ごはん”といって、なるだけ日常のなかで作りやすい料理を教えています。レパートリー? 数えきれないわよ」と笑うまりさん。精進料理の道に入るきっかけはご主人の影響だったとか。「結婚当初、夫が典座をしていたとか、お寺にいたとか知らなかったのよね。知り合った頃、彼は落語の本の編集をしていたから、てっきりその道の人かと思っていたら、精進料理についてまとめた本を出版することになったんです。読者から実際にどんな風に作るのといわれたところから禅味会が始まって私も手伝うようになりました」。そうしているうちにまりさんも精進料理家として活動するようになり、鎌倉の暮らしを綴ったエッセイやレシピ本も出版しています。レシピ本は英語にも翻訳されています。
禅ごはんは、五味、五色、五法の考え方をとりいれています。五味は酸(さんみ)、甘(あまみ)、辛(からみ)、苦(にがみ)、鹹(しおからみ)の5つに”淡”を加えたもの。五色は料理の彩り、五法は生、煮る、焼く、蒸す、揚げるの調理法のことをさします。そのほか、旬のものをとりいれる、食材のすべてを使い切る一物全体(いちもつぜんたい)、住んでいる場所で得られる食物を食べる身土不二(しんどふじ)という言葉も頭に入れておけば基本はオッケー。 おもな調味料は、味噌、醤油、塩、植物性の油、酒、みりん、酢、柚子、脂、木の芽、ショウガなど。砂糖は使わず、メープルシロップやアガベシロップ、みりんなどで代用します。昆布や干しシイタケ、切り干し大根などからダシをとるため、「不識庵」の調理場には乾物がたくさんありました。 「乾物は今の人はあまり使わないわよね。とてもよいダシが出るから、使い方を覚えると便利なのにね」。まりさん曰く、ここで高野豆腐や切り干し大根のおいしさを知って乾物を使うことに開眼した人もいるそうです。禅ごはんで大切な淡い味、それはダシが演出してくれるものでもあります。この頃、切り干し大根を納豆やサラダに入れることにはまっている私。戻し汁を捨てていたのでこれはとっておいて煮物などに使わなくては! 1月のメニューは、小正月を意識した小豆粥にかぶら蒸し、紅葉汁、わかめとセロリの酢味噌和え、マイタケをほぐして入れたかきフライもどき。イギリスから一時帰国している生徒さんのリクエストで、ごま豆腐も作ります。
くず粉に水、練りごまを混ぜて火にかけて力強く練り混ぜ、ごま豆腐を作ります。が、なぜかダマに。「あああ、ちょっと目を離していてごめんなさいね。これは最初に材料を混ぜきってから火にかけるのよ」と先生。火加減、練り具合の按配はレシピ本を読むだけではわかりません。気を取り直してもう一度。分量と加減を知ればあとはいたってシンプルな作り方です。ごま豆腐を茶巾状にするのは、サランラップ。お椀にサランラップを敷いて、ごま豆腐を入れ、口を閉じてきゅっと絞って冷やし固めます。10分ほど経つと固まるので、器にダシと醤油で作ったあんを敷き、その上に乗せてわさびを飾って完成です。 ここでは、まずはレシピを確認し、それぞれができるところを臨機応変に担当しながら作っていきます。今回は4人の参加者のうち、2人は常連さんで、2人は初めて。こうなると、どんな風に入って行ったらいいのだろうという風になりますが、包丁仕事をしているうちにしっかりと流れの中に入り込むことができました。 本日の生徒は偶然、料理を生業としているプロぞろい。実はここには、いろんなジャンルの料理人が習いにきます。イギリスから一時帰国で参加している後原さんは日本料理の先生、八王子の渡辺さんはカフェ経営者、横浜の檜山さんは六本木にあるさる一流レストランのシェフだった方でした。檜山さんにおいてはフレンチ、韓国、中国などさまざまな料理を極めたあと、精進料理に行きついたといいます。「ここに来てから料理にお砂糖を使わなくなったわよ。代用できるものもあるし。調理法を突き詰めると究極は精進料理よね。最後はみんなここに行き着くんじゃない?」と檜山さん。 さて、気になっていたカキフライもどきをひとくち。おお、カキだ!ヤマトイモのすりおろしにほぐしたマイタケをつけ、青のりを混ぜ込んだ種は、パン粉をまぶして揚げるとふっくらと大ぶりのカキのような噛みごたえ。カキ独特の苦みも磯のにおいもマイタケと青のりの風味でちゃんと再現されています。「精進料理だからといって、それまで食べていたものが食べられなくなってもね。これは寺にいたときは夫はご馳走として修行僧に出してあげていたもの。こうすると、カキフライが苦手な人も食べられるわよ」。 殺生をせずに天地の恵みをいただくのが禅ごはんのルール。カキフライもどきに驚きながらも、イギリス在住の後原さんは苦笑い。イギリスではカキといえばバケツ一杯の生ガキを食べるので「こういう風に食べるなんてイギリス人の生徒さんに教えても、まず作らないわよね」とひとこと。そうはいいながらも、日本食を習いたいイギリス人の間でも菜食の需要は年々高まっており、後原さんは日本に帰国した際には不識庵で学ぼうと計画していたそうです。菜食や食への不安への高まりは、ヨーロッパで料理を教えることが多いまりさんも実感するのだとか。
今日の料理は淡い味をベースに、甘い、からい、酸っぱい、苦いなどの味の変化があり、しゃきしゃき、さくさく歯ごたえのあるものからやわらかいものまで、バラエティ豊か。 「ここには、本当に色んな人が来ます。料理の先生もいれば外国人もいるし、体の調子の悪い人などさまざま」。そんな人たちになるだけ作りやすいように、とどこを外してどこを押さえておいたらいいか、という按配をまりさんは教えてくれます。確かに、四季や場所によって野菜の味も変わるし、場所によっては水も違います。全部レシピに書かれた分量通りでその味が再現できるかといえば無理な話です。「大事なところ以外は目分量。この教室は敷居が低いの。だってそのほうが無理なく続くでしょ?」と、酢味噌作りも酢、白みそ、みりんを目分量でパパっと混ぜただけ。なのに、おいしい。酢を少し濃くするのがコツなのだとか。 精進料理研究家としてさまざまな調理法を研究するまりさんが、作りやすく、続けやすく、と禅味会でいうのは、よくよく突き詰めていくと心の問題と食との関わりが見えてくるから、といいます。 「人間でいえば骨格のような料理だと表現した人がいますが、その通り。今の料理は何かを加えていく場合が多いのですけど、禅ごはんは引き算の料理。日々食べるものは、なるだけ調味料を少なく、シンプルな料理法がよいと思います。結局、味って慣れなんですよね。家族で同じような病気に懸かるときはそのような食事をしていることも多いんです。子どもの非行と食も関係があることを研究されている方もいますが、まさに骨格は大事だと思います」。 絶対菜食でないといけないというわけではなく、”これを食べていくと心地いいよね”という感覚を禅味会に参加して共有していくことができたらいいなと思っているの、とまりさんはいいます。病気にならないためにどうしたらよいかと日々アンテナを立てながら、そういった情報も禅味会の場で共有していきます。 「市場に行って旬のものを買うことを心がけています。少ない材料しか手に入らないときでも、伝統的な日本人の知恵であるさまざまな調理法を知っていれば、いろんな風に楽しんで食べられますよね」というまりさんの言葉に、確かにあるもので何か作るためのテクニックは我が身を助けるなあと思いつつ、家族の健康のためにも禅ごはんを作る術を持ちたいと思った次第なのであります。 「食は心なり」。故藤井宗哲さんの言葉を今に伝える藤井まりさんの教室で持ち帰ったもの。それは広い意味で周囲への関わり方のようなもののような気がしました。旬の素材を使ったおいしい料理で心身が健やかになれば、それがさまざまなことに影響していくといったこと。考えれば当然のことでも、意外とできないものなのでおぼろげに思いつつ日々をきちんと暮らす、そのようなことなのかなと。食の嗜好は淡味へと少しずつ戻っています。ダイエットもできればなあと欲をかきながら...…。
鎌倉不識庵
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