向島・海を見下ろす高台のチョコレート工場で
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向島・海を見下ろす高台のチョコレート工場で

連載「暮らしと、旅と...」2015年2月は、広島県の尾道駅前からフェリーで5分の場所にある向島を訪ねました。向島は22.23平方キロメートルと東京でいえば品川区と同じくらいの大きさの島ですが、島の南側に位置する立花地区はぐるり山を囲んで世帯数が346くらいしかありません。そんなコンビニもないような静かなエリアに昨年、チョコレート工場やカフェ機能も備えた食堂、若い女性がひとりでパンを焼く一軒家のパン屋など、若い人たちがそれぞれ偶然に立花地区にお店をオープンしました。しかも、わざわざそこを目指していく人がいる珠玉のお店たちばかり。 なかでも、高台にあるチョコレート工場「USHIO CHOCOLATL(ウシオチョコラトル)」はテレビなどでも紹介され、地元の若い人からお年寄りまで「あそこ行った?」と話題になるような注目のスポットになっています。ではでは、バレンタインデーのチョコでもお目当てに、足を運んでみましょうか。

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下の写真をご覧ください。橋の向こうは因島。自転車ツーリストの聖地、しまなみ海道から山をふたつほど越した手前に立花地区が広がっています。右下側にある白い大きな建物、これが「ウシオチョコラトル」の入っている立花自然活用村です。1Fには郷土資料館、2Fにはチョコレート工場が入っています。 以前は、ここは立花テキスタイル研究所のアトリエでした。何度か足を運んだことがありますが、1Fには染料のもととなる剪定枝が山盛りに積まれ、2Fは染色の実験室のようであったのを記憶しています。そして、そこで働くのは女性ばかり。だから、ここは私には女子校の校舎のような印象があったのです。でも、今回訪れてみるとカッコイイお兄さんたちが3人、おそろいのつなぎを来て待ち受けているではありませんか。女子校から男子校に、いつの間にか変わっていました。

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「ウシオチョコラトル」のメンバーは、3人。左から宮本篤(通称 A2C)さん、中村真也(工場長シンヤ)さん、栗本雄司(やっさん)さん。それぞれ姫路や福岡、広島市内からの移住組で、一番尾道歴の長い中村さんは移住して5年目になりました。 ロゴなどのデザインを担当した友人がチョコレートの語源をたどり、発祥とされるマヤ文明での呼び名「チョコラトル」と出合いました。アステカの神様、ケツァルコアトルの別名ともいわれています。従来のさまざまな原料をミックスしたチョコと違い、カカオ豆と砂糖のみで作るものはシンプルかつ原始的な味わい。チョコ本来のおいしさを追求すべく、チョコラトルを名乗っているのだとか。ウシオは工場長である中村さんの娘さんの名前。それで、「ウシオチョコラトル」となったわけです。 ここのウリは、新鮮で素材が確かなチョコレート。カカオ豆本来の風味をしっかりと味わってもらうチョコです。いわば、地域や農園ごとに違う「素材の味」を楽しむチョコで、カカオ豆と砂糖以外、油脂や添加物などは一切入っていないシンプルな造り。コーヒーでいえば昨今人気の高いシングルオリジン(1種類)のコーヒー豆を浅く焙煎して提供するようなことに似ている、と書けばわかるでしょうか。素材からお客さんの手に渡るまで作り手の責任においてひとつの場所でなされている、といったところです。 「まずはチョコの原料、カカオ豆を食べてみてくださいよ」。宮本さんが麻袋から豆を一粒出して手先で砕き、差し出しました。先日、宮本さんはパプアニューギニアにカカオ豆を買い付けに行き、その際に発酵や乾燥など生産者の手のかかった豆を食べて衝撃が走ったのだそう。差し出された豆を口に含み、奥歯で噛みしめると確かにチョコ味。後味は苦くなく、まだ焙煎をしていないのに口のなかに燻したような豆の風味が広がります。塩をまぶせばナッツのようにビールのお供としても食べられそうで、次々と手が出てしまいます。

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「ね?いいでしょう?豆のなかにも特にこれは!という味のものがあってそれを食べたときの驚きといったら!これ、焙煎したらさらにおいしくなるから、焙煎後にまた食べてみてください」と宮本さん。この仕事をするまでは全くチョコに興味がなかったのに、尾道移住後に中村さんに誘われ、「ウシオチョコラトル」の設立に参加。「これまで本気出していなかった」人生から一転、カカオ豆の農園を自分の舌と足で探し出し、気に入った農園とダイレクトトレードをするまでに。 同じく、これまでの人生でまだ本気を出していなかった栗本さんが、厳しい目で豆を選別しています。チョコを作る行程で肝心なのは、豆の選別。目と手を使って仕分けしていきます。「豆の選別は大事ですね。ていねいにやらないと雑味が入りますから。1にカカオの質、2に愛情、3に焙煎」と工場長がいう通り、本日選別役をしている栗本さんは真剣です。誰が書いたかわかりませんが「猫背を正そう」と壁に貼ってありました。 焙煎のあとは、チョコレート工場ににつかわしくない“トウミ”の登場です。本来は手で起こす風の力を利用してワラとモミをわけていく農機具。そのトウミで豆と殻をわけていくのです。その後、砂糖と配合してメランジャーという機械にかけて24〜72時間撹拌し、一度冷やし固めてからテンパリングして型に流します。冷やし固めたあとの作業に関しては、バレンタインで手作りチョコを作ったことのある人ならば流れを想像できるはず。カカオ豆の選別から型に入れるまで至ってシンプルな行程で作られていました。だからこそ、砂糖の配合や撹拌の時間、テンパリングの温度、何よりも豆そのものが大切になってくるのです。 砂糖は、ブラジル産のオーガニックシュガーを使用しているほか、愛媛県四国中央市にあるロハス農園から無農薬サトウキビから精製した黒糖で作った和二盆を使用。和二盆とは、彼らの造語で黒糖から糖蜜を抜く行程を3回する和三盆の行程からひとつ抜かして2回にしたことで和二盆と名付けたとか。楽しく工夫して仕事をするためにいろんなアイデアを出し合う、そんなノリが彼らにはあります。 せっせとチョコを型に流し入れる栗本さんの後ろでは、出来て冷やし固め終わったチョコを工場長の中村さんがひとつひとつ銀紙に包んでいました。おかしいなあ、ここは以前は染色の実験場だったはずのにすっきりとミニマムなものだけがおかれた男たちのチョコレート工場に変わっています。「染色の前はレストランだったと聞いていますよ。だから最初から厨房がそろっていることも決め手になりました」と中村さん。この場所は新聞の募集をみて応募をしたのだとか。

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工場内のカフェスペースには、月曜だというのにお客さんが途切れずにやってきました。女性の2人連れ、ボランティア会の集まり、子どもを連れた家族......、地元の人から旅行者まで幅広く。そのひとりひとりと話す宮本さん。昔、演劇をやっていただけあって、声が通り、背も高いのでオバサマ方の人気者です。みなさん、ホットチョコレートで温まり、お土産にチョコを買って満足気に帰っていかれました。 工場長の中村さんは2009年から動物性の食品を一切摂らないようにしています。大好きだったチョコレートにも乳製品が入っていることから食べられず、ずっと乳製品の入っていないものを探していたのだそう。そこで出会ったのが、カカオ豆と砂糖だけで出来た豆本来の酸味やフルーティーな果実味、香りのある新鮮なチョコレートでした。「起業のきっかけは雑誌なんですよね。2011年秋にニューヨークにある「Mast Brothers Chocolate(マストブラザーズチョコレート)」の記事を読んで、カカオ豆と砂糖のみの材料を使って家の台所から始めた、と書いてあったのを読んで、これなら俺にも食べられる!作ってみたい!と、そこから始まりました」。 「マストブラザーズチョコレート」のチョコはまさに今の「ウシオチョコラトル」と同じ、シンプルな作り方。これを、尾道で作るんだ!と心に決めてからの中村さんの動きは素早い。まず、尾道でチョコを作りたい旨を地元のさまざまなところで話しているうちに、デンバーの「RITUAL CHOCOLATE(リチュオルチョコレート)」を紹介してもらえることになり、すぐに飛んで技術指導を受けました。それから、地元の友人に紹介されたグアテマラの日本人夫婦を訪ね、一緒に農園を探します。最終的には現地のカカオ協会の会長に会いに行き、カカオ豆をとりまく現状を教えてもらってから帰国。その後も国内のさまざまなチョコレート屋をめぐって師匠を探し出し、教えを乞いました。仲間を集め、場所を借り、2014年の11月に「ウシオチョコラトル」、オープン。2011年9月からの約3年間の中村さんの日記があるとしたら、それはもう、発見に満ちた一大旅行記になっていることでしょう。 焙煎したての豆と砂糖を一緒に口に含んでみる......うん、香ばしい。ふだんチョコを食べない私は、こちらのほうが好きかも?あとから彼らの作るチョコを食べてみましたが、この味に近いものでした。カカオ豆そのままの味!

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カカオ豆を仕入れにパプアニューギニアに行ってきた宮本さんに、今までチョコを作ってきていなかったのにどうやってカカオ豆をジャッジするの?いきなり契約するのは不安では?と聞いてみました。 「契約に不安はありませんでした。やってみないと わからないことだらけというレベルなので、考えすぎて一歩も動けなくなるのが嫌ですね。震災後、東京から移住しようと姉夫婦を頼りに尾道にやってきました。理由は、 面白そうな義兄と遊んでみたかったから。 でも、そのときは何をするかはまだ何も決まっていなくて...…。僕にとっては、何かをしたい、ということの前にどの人とやるのか、誰といたいのか、ということが重要なんで」。 中村さんから誘われたときにひと口もらった彼の目指すものに近いチョコの味に衝撃を受けたけれど、何よりも彼と一緒に何かをやるのが面白そうだったから参加した宮本さん。いろんな意味でチョコは抜群に面白い、と宮本さんは熱っぽく語りました。自ら契約してきたというパプアニューギニアのワーウィック農園から昨年12月に船で届いたカカオ豆とウシオチョコラトルオールスターズと一緒に、ハイポーズ。 ダイレクトトレードのパプアニューギニアをはじめ、ベトナム、トリニダード・トバゴ、ガーナと取り扱いの豆は現在は4種類。2月後半からは新しい産地のチョコも販売を開始する予定とか。ハニカム構造を想起させるパッケージデザインは、地元の作家に依頼し、包装紙も豆の種類によって変えています。ユニフォームは広島市内で活動する同世代が手がけているブランド、senerieのつなぎでそろえ、靴は尾道のイチリヅカシューズに依頼。カカオ豆やコーヒー豆の輸出入に使用される麻袋で靴をあつらえる徹底ぶりも、さまざまな職種を経験してきた彼らならではのセンスの発信方法です。 シンプルであたたかな空間、そろいのユニフォームや豆の麻袋で作った靴、チョコレートに対する真摯な姿勢。店内のほうぼうに感じられるユーモア。移住先での起業、それも特にチョコ好きだったわけでもなく、食品関係の仕事に従事していたわけでもない。言い出しっぺの中村さんの無謀ともみえる挑戦に勝算があったとしたら、ただ、あるひとつの目線でモノを選んだり、作り出したりするセンスを磨いてきたところで気の合う仲間を集めたこと。 今後はチョコレートを追究すると供に、ここで音楽活動もやりたいよね、と中村さん。工場を改装するときに栗本さんとヒップホップの掛け合いをやりながら珪藻土を壁に塗ったことからマイブームなんだとか。楽しい仲間たちと眺めのいい環境でハッピーにモノを作る。最高じゃあないですか。バレンタインのチョコを買って外に出てみると、小さな湾の向こうに島影がいくつも連なっていました。向島の旅は、足下の小さな場所から遠くまで広がっていくような”人の動き”に触れる旅になりそうな気がします。

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