【連載・暮らしと、旅と…】沖永良部島・1日3時間半だけ開く島のオアシス
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【連載・暮らしと、旅と…】沖永良部島・1日3時間半だけ開く島のオアシス

トラベルライター朝比奈千鶴による、暮らしの目線で旅をする本連載。奄美群島をめぐる旅、2つ目の島、沖永良部島のとっても素敵なカフェをご紹介します。お店の名前は「CAFE Typhoon(カフェ タイフーン)」。実はこのカフェ、1日3時間半しか開いていません。その理由は、一度食べたらハマってしまうと評判の「沖永良部島型ちんすこう」をオーナーの植中りえさんがたったひとりで作っているから。島内だけでなく全国からお取り寄せの予約が殺到するという大人気の島型ちんすこう。でも、どんなに忙しくてもカフェを開けるのはなぜ?

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ヴィンテージ風の木のドアを開けて、お店の中に入ってびっくりしました。なぜなら、ここは沖永良部島ですか?と思うほど、乙女心を刺激するものがたくさん詰まった宝箱のようなカフェだから。 「ガスや水道以外はすべて自分たちで手がけたんですよ」。「CAFE Typhoon」オーナーの植中りえさんは、進学のため大阪に出たあと結婚をし、沖縄移住を経て12年前に実家のある沖永良部島に戻ってきました。大阪にいた頃は、雑貨店・カフェめぐりの日々を過ごし、いつか島に帰ったらカフェを開きたいと考えていたそうです。 「島にはカフェがなく、手紙を書きながらゆっくり過ごすような場所が欲しかったんです」。

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島に帰ってきてからおじさんの家を間借りして飲食店を始めたりえさん。海に一度も足を浸ける余裕すらなく、必死に働き詰めたそうです。2年後にお母さんの営むブティックを閉めることになり、空いた場所に念願のカフェを開くことにしました。 島への移住に積極的だったご主人、植中茂樹さんと一緒にゼロからリフォームを始めました。大阪の雑貨屋から取り寄せたという取っ手やさりげなく置かれた雑貨は、彼女が「いつかカフェを開くときのために」と、以前からチェックしていたもの。テーブルやロフトなど島にないものは、一から作りました。 ちんすこうも、りえさん本人が食べたくてオープン当初に作り始めたものです。ちんすこうといえば沖縄の定番おみやげですが、私は食べたときの口内の水分がすべて吸い取られるようなパサパサとした食感が苦手でした。そんな私にりえさんは「騙されたと思って食べてみてください」とちんすこうを出してくれました。では、とひとくち。お、おいしい! しっとり、さっくりとした歯触りは今まで食べていたものとはまったく違うものです。りえさんは、この食感を出すために、かなり試行錯誤したと話してくれました。

ラード、小麦粉、砂糖、島ざらめのみのシンプルな材料は、子どもたちにも安心して食べさせられると島で評判を呼び、おみやげとして買っていく観光客も続出。5年前から本格的に商品として販売を開始し、現在、プレーン味に加え、沖永良部島産の海塩を使った塩味、地元で採れる桑の葉を混ぜた島桑味も誕生しています。 「これまで、島のおみやげといえば黒糖焼酎が定番でした。これならアルコールが飲めない人にもお土産にできるとリピーターの方が増えて、今では結婚式の引き出物にも使われています」というりえさん。そんなヒット商品が生まれる理由は、やはり“ないものは工夫して作る”の精神があるからこそ。島型ちんすこうの沖永良部島の形をした抜き型は、茂樹さんの作品です。 「オーブンはこの12年で4台変えましたね。1か月に3000個くらい焼くときもあるので、フル回転です。いつの間にか店を開けられないくらい忙しくなってしまいました」とりえさんは、予想外の売れ行きにうれしいやら、困ったやら。今は、カフェを開く時間が15時から18時半の3時間半のみに。

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“ないものは作る”の精神は、カフェのメニューにもありました。 ぶあつい卵焼きを食パンに挟んだ「喫茶店の玉子サンド」は、大阪出身の茂樹さんのリクエストで生まれたもの。神戸で喫茶店をしているおばさんにレシピを教わって作りました。ひとくち食べてみると、そうそう、食べたことある!懐かしい味。卵を焼くときに黄身のとろりとした部分を若干残すのがコツ。卵色が澄んでいて、とてもきれいです。

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カフェでは、月に1度フリーマーケットが行われています。島にはウインドーショッピングの楽しみがないと思っていたりえさんが「じゃあ、自分でやったらいいか」と始めたのです。転勤族の奥さんなどは、ここで色んな人と知り合って、本土に戻るのが嫌になるくらいに仲良くなるといいます。「CAFE Typhoon」の由来である「島にタイフーンを巻き起こしたい」という気持ちを、着々とカタチにしているようです。

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ふたりの自宅にお邪魔すると、りえさんの実家の屋上に建てた小屋に住んでいました。テーブルは茂樹さんの手作り。換気扇のダクトは以前からこういう風にしたいなと考えていたものを注文して取り付けました。徹底的にリサーチし、10年をかけて好きなもの、特別なものばかりに囲まれた空間を公私ともにつくり上げたりえさんと茂樹さん。 りえさんは「ものがない場所だけど、島が好き。だから帰ってきたんです。でも、たまに旅に出て刺激を受けるのも必要。両方あるのが私にはいいんです」と意識して自分のバランスを保つことは大事だといいます。 島型ちんすこう作りでどんなに忙しくなってもカフェをオープンするのは、彼女なりのバランスのとり方です。お茶を飲みに来てくれる人たちとおしゃべりするひとときは、ひとりで黙々と行うちんすこう作りと対極の時間なのだといいます。 私が訪れているときは閉店にもかかわらず「りえちゃ〜ん、いるかな?」と何人ものお客さんが顔を出しました。

ちなみに、植中夫妻は前回ご紹介した「Shimayado當」の大當さんとは大の仲良し。サーフィンやインテリア、食べ物などのセンスが似ているということもありますが、二組に共通しているのは、欲しいものがわかっていること、ないものは自分で作り出すこと、それを楽しんでやっていることの3つだと思います。 暮らしでベースとなるものを自然や食べ物、体などにおき、あちこちに旅をして得た刺激を自分たちの商いや暮らしに還元していく。沖永良部島には、何かを始めるにあたり不十分ともいえるものを乗り越えてなおかつ「住んでよかった」と思える心地よい生活環境がしっかりとあるようでした。 「場所よりも人、面白い人が集まれば、どんな場所だって住み心地がよくなり、毎日が充実します。沖永良部島は、他の場所よりも観光名所は少ないけど、人がやさしい。だから、日々、心地よく暮らせています」というりえさん。自らが先頭に立ち、自分を始め周囲の人も楽しく過ごせるようコミュニケーションの場所をつくっています。「CAFE Typhoon」は、旅人がたどり着くとほっと一息できる場所ですが、島の住人にとっても大切な島のオアシスのようでした。 沖永良部島の旅は、ここでタイムアウト。次回また訪れる際には島のあちこちをくまなく見てみたいと思います。だって、素敵なセンスと実行力の持ち主である彼らが住環境として惚れ込む沖永良部島は、旅人にとっても素敵なところに違いないでしょう? さて、次回は奄美大島へ。緑深き、奄美の森を歩きます。お楽しみに!

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