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2017.05.12
京都・ ハートのカンパーニュ【おさんぽ小説 #2】
荻窪のブックカフェ「6次元」を運営しながら、ブックディレクターとして全国を旅しながら書籍や連載の執筆活動に取り組んでいる、ナカムラクニオさん。 そんなナカムラさんの記憶の断片を綴る連載「おさんぽ小説」の第二回目。今回の舞台は京都です。
京都・ハートのカンパーニュ【おさんぽ小説 #2】
「かわいいですね。ハートのかたちのパンなんて」 「これ、噛むと不思議な気持ちになるんです。なんというか……、こころの奥底に眠っている遠い記憶が呼び覚まされる感じ」 店員の女の子は、水晶のように透きとおった眼で僕を見つめながら、こういった。京都市北区北大路にある「雨の日も風の日も」という名前のパン屋さん。「世界文庫」という本屋さんを探している途中で、偶然に立ち寄ったのだ。 「パンって、『記憶のかたまり』なんです。噛み締めながら歴史を体感できる。そういう食べ物なんです。なかでも、このハートのカンパーニュは特別なの」 僕は、そのカンパーニュをひとくち食べてみた。 すると、不思議なことが起きた。噛むたびに、小学生の頃の僕が見えた。近所の神社で友達とパンを食べている景色が目の前に浮かんできた。まるで、こころの中に封印していた自分自身の記憶を映し出す鏡のようだった。 「すごい。こんなパンは、初めてだ。僕の過去が見えるなんて……」 「また、すぐに食べたくなりますけど、くれぐれも過去の記憶に依存しないように注意してくださいね。大切なのは、過去ではなく未来ですから」と、彼女は占い師のように言った。 僕は、手に持てるだけのカンパーニュを買い、店を出た。 しかし、どうしても自分の過去をもっと見たい。 我慢できず、歩きながらそのパンを3つほど食べてしまった。 すると突然、目の前から町は消え、雑木林があらわれた。そして、竪穴式住居で家族が何か料理を作っている様子が見えてきたのだ。 「しまった。食べ過ぎると、前世までさかのぼってしまうのか。まさか自分の中に、縄文時代の記憶が、残っているとは思わなかった……」 僕は、気がついた。いつだってパンは「気持ちのかたち」なのだ。
吉祥寺・スワンボートの囁き【おさんぽ小説 #1】

雨の日も風の日も
アメノヒモカゼノヒモ
http://www.ame-kaze.com/
※「ハートのカンパーニュ」(170円)は、ハートブレッドプロジェクトに参加している商品。ハートブレッドプロジェクトについては⇒ http://heartbread.net/

世界文庫
セカイブンコ
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ナカムラクニオ、写真:寺田和代
文:ナカムラクニオ

ブックディレクター/荻窪のブックカフェ「6次元」店主。著書に『人が集まる「つなぎ場」のつくり方』『さんぽで感じる村上春樹』『パラレルキャリア』、責任編集短編小説集『 ブックトープ山形』など。
※この物語の一部は、フィクションです。登場する人物・名称などがすべて実在するとは限りません。
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