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2017.07.02
山形・猫ノ欠片【おさんぽ小説 #3】
荻窪のブックカフェ「6次元」を運営しながら、ブックディレクターとして全国を旅しながら書籍や連載の執筆活動に取り組んでいる、ナカムラクニオさん。 そんなナカムラさんの記憶の断片を綴る連載「おさんぽ小説」の第三回目。今回の舞台は山形です。

山形・猫ノ欠片【おさんぽ小説 #3】
焼けたフライパンのような炎天下のアスファルト。 太陽は、溶けた水銀のようにぎらぎら光っていた。 僕は山形市内にある文翔館の中庭を歩いていた。ここは大正5年に建てられた煉瓦造りの旧県庁舎。そして、気品漂う美しいモンブラン色の猫に出会った。古い建物がよく似合うプリンセスのような猫だ。 「あまりに美しい。まるで夢のようだ……」 「夢のようだ、とでも思ってるんでしょ。わたしにあった人間たちは、みんなそういうのよ」と猫は、僕に話かけてきた。 「あなたは美しい。まるでこの建物に住むお姫様のようだ」 「ありがとう。知っているかしら。海が美しいのはみんなの涙でできているから。この文翔館が美しいのは、みんなの夢の欠片でできているからなのよ」 「それ、どういう意味?」 「現実は、夢の欠片をつなぎあわせて作られているの」 そう言うと猫は、優雅に歩き出した。 道路を渡ると、ちいさなパン屋さんに入っていった。看板には「プリンセス」と書いてある。昔からある街のパン屋さんだ。僕は急いで追いかけて、店の中に入った。 「すみません。いまここに猫が入ってきませんでしたか?」 「あなたも見たのね。あの子を」 「え? どういうことですか?」 「あの子は、猫じゃないの。うちのフラワーモンブランなの」 僕は、すぐにそのモンブランを食べてみた。パリパリのパイ生地に包まれたマロンクリーム。甘すぎず、絶妙なバランスの味だ。 「どう? おいしいでしょ?」……あの猫の声だ。 「うん、おいしい。とても優雅な気分になるね」 「よかった。ありがとう」 気がつくと、そのモンブランを完食していた。そして、冷たいアイスコーヒーがカウンターの上で待っていた。僕は、何かを思い出そうとしたが、何も思い出せなかった。 どこかで猫が、ニァアと鳴いていた。まあ、気にする事はない。 きっと何もおきなかったのだろう。

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ナカムラクニオ
ナカムラクニオ

ブックディレクター/荻窪のブックカフェ「6次元」店主。著書に『人が集まる「つなぎ場」のつくり方』『さんぽで感じる村上春樹』『パラレルキャリア』、責任編集短編小説集『 ブックトープ山形』など。
※この物語の一部は、フィクションです。登場する人物・名称などがすべて実在するとは限りません。
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