![食材の仕入れから、すでに調理は始まっている。引き算の極みに見る、最高の食材を輝かせる料理人の仕事。[片折/石川県金沢市]by ONESTORY](https://image.co-trip.jp/content/14renewal_images_l/491435/main_image_20201023031556877.jpg)
33
2020.10.23
食材の仕入れから、すでに調理は始まっている。引き算の極みに見る、最高の食材を輝かせる料理人の仕事。[片折/石川県金沢市]by ONESTORY
「日本に眠る愉しみをもっと。」をコンセプトに47都道府県に潜む「ONE=1ヵ所」の 「ジャパン クリエイティヴ」を特集するメディア「ONESTORY」から石川県金沢市の「片折」を紹介します。

日本全国を見渡しても、これほど脂がのった旬な料理人は稀有な存在でしょう。その人物とは、金沢市並木町の浅野川沿いにポツリと佇む『片折』の主人・片折卓矢氏。 実に3年半ぶりにお会いした片折氏は、少し丸くなった印象でした。 片折氏がまだ金沢『玉泉邸』の料理長を務めていた頃は、鋭い眼光の若き料理人といったイメージ。「自分の料理とは何か?」を模索するため、もがき苦しみ、ようやくその答えを見つけ出そうとしているタイミングでした。 「自分がやりたい料理は、食材の魅力をそのままに引き出す料理」。今でもよく覚えているのは、片折氏のそんな言葉です。
今の片折氏はまさにそれを突き詰めた料理人になっていました。だからこそ迷いがなく、肩に余計な力が入っていないのです。あの時の鋭い眼光はどこへ?と思うほど、片折氏は破顔して、取材班を出迎えてくれました。 金沢の日本料理の名店『つる幸』で、11年間を過ごした修業時代。開店1年目にしてミュシュラン一ツ星を獲得し、4年間料理長を務め上げた『玉泉邸』時代。そして、2018年5月に満を持してオープンした『片折』。 しかし、順風満帆に思えたその物語にも大きな落とし穴が待っていました。開店して1年間は、まさに悪夢を見ているかのようだったといいます。 「もう店を畳もうか」「オレ、誰も幸せにできてへんやん」。そう思い詰めるほど、片折氏は窮地に追い込まれていました。 それでも片折氏は自分の信念を曲げずに、己の道を突き進むという選択をします。 「食材の魅力をそのままに引き出す料理」を作ることだけを考えて、真っ直ぐに突き進んだのです。そして、見えてきたひと筋の光……。 片折卓矢。その料理人の物語を『ONESTORY』が追いました。
生産の場を訪ね、食材を目利きし、納得のいくものだけを仕入れる。

「今の時期ならノドグロより断然ヤナギハチメ」と片折氏。大衆魚ながら、たっぷりと脂ののった身をシンプルに炭火焼きに。これが絶品。
『片折』があるのは、浅野川沿いに広がる並木町の外れ。ひがし茶屋街へも歩いて5分ほどという場所にありながら、周辺には飲食店が少なく、夜になると『片折』の看板の明かりだけが慎ましくポツンとともります。 店はかつて片折卓矢氏が住居として使っていた、昭和初期築の町家を改装したもの。『つる幸』での修業時代に安く売りに出ていた物件を買い取り、「独立した際には」と構想を立てていたといいます。

氷見漁港からの仕入れの帰りに立ち寄って、山に自生するセリを採取。根ごと引き抜き、清冽(せいれつ)な雪解け水で土を落とす。
引き戸を開け店へ入れば、床には金沢城の石垣にも使われている戸室石(とむろいし)、カウンターには石川県の県木であるアテという木の一枚板が使われ、北欧のアンティークをリペアしたという椅子が置かれています。厨房へと続く扉のひょうたん型の引き手は、茶人に愛される釜師・宮崎寒雉氏が手がけたものだそうで、お手洗いの窓には江戸時代のギヤマンガラスをはめ込むなど、ディテールにまでこだわり抜いた造りが、訪れたゲストの目と心を楽しませてくれます。 「偽物は嫌なんです。だから、お客様の目に映るもの全てにこだわりたかった」と片折氏が言えば、女将であり奥様の裕美さんも「お店に入って頂いた瞬間から、外で見送るまで、全体のもてなしでお客様に寛いでもらえるよう心がけています」と話します。 そうして、供される料理はおまかせコース。もちろん、仕入れ状況によって内容は異なりますが、『片折』では全11皿が供されます。

優しく胃を温めてほしいという思いを込めて、お粥と決めている先付。セリの香りが米の甘みに寄り添う。
『片折』で供される料理にはひとつの信念があります。これは、片折氏が『玉泉邸』で料理長を務めていた時代に「自分の料理とは何か?」を突き詰め、自問を繰り返し、ようやくたどりついた答えでもあります。 それは「食材の魅力をそのままに引き出す料理」。 『玉泉邸』の料理長時代には『つる幸』で学んだ味を忠実に再現していたこともありました。はたまた盛り付け、小物使い、あしらいといった演出にこだわり抜いたこともありました。しかし、今の片折氏の料理にはいっさい迷いがありません。自ら生産の場を訪ね、食材を目利きし、本当に納得のいくものだけを仕入れ、その味をシンプルに引き出していくことに専心する。ひと言で表現するならば、まさに極限まで研ぎ澄まされた料理。そういっても差しつかえありません。
厨房での仕事だけが調理ではない、片折氏の料理に宿る信念。

お客様の目の前で鰹節を削り、出汁をひく。鰹節は鹿児島県枕崎産の中でも血栓のないカツオで仕立てる特注品。
極限まで研ぎ澄まされた料理。言い換えれば、それは余計なものを全て取っ払った、引き算の料理の極み。ゆえに、片折氏の料理は、見る人によっては質素に映るでしょう。が、それを「=仕事をしていない料理」と捉えるのは、誤解があります。決して、「厨房で施す仕事」だけが、料理人のそれではないということを、片折氏の料理は教えてくれるのです。 例えば、先付。この日はセリのお粥が登場しました。味わうと米の甘みが際立ち、穀物の優しい滋味がじんわりと広がっていきます。アクセントとなるのはセリの香り。米は片折氏の実家で栽培されたコシヒカリで、水は七尾まで汲みに行くという名水「藤瀬の水」。3時間じっくりと浸漬(しんし)し、絶妙な水分量で土鍋炊きにします。 そう書くと、このお粥、米と水がポイントになると思われるかもしれません。しかし、片折氏曰く、大切なのはセリ。これは片折氏が自ら山に分け入り、川の周辺に自生するセリを摘んできたもの。市場などで売られているセリでは絶対に出すことができない味わいが、このお粥にはありました。 「スーパーマーケットや市場では、“根っこ”が切られて売られているでしょ。あそこに一番大切なセリらしい香りがあるのに、それがない。だから、自分で採りに行くんです」と片折氏。

時間をかけ、じっくりと温度を上げて旨味を抽出した昆布出汁に鰹節を合わせる。ブワッと立ち込める香りが心地よい。
そう書くと、このお粥、米と水がポイントになると思われるかもしれません。しかし、片折氏曰く、大切なのはセリ。これは片折氏が自ら山に分け入り、川の周辺に自生するセリを摘んできたもの。市場などで売られているセリでは絶対に出すことができない味わいが、このお粥にはありました。 「スーパーマーケットや市場では、“根っこ”が切られて売られているでしょ。あそこに一番大切なセリらしい香りがあるのに、それがない。だから、自分で採りに行くんです」と片折氏。

丹念にひいた出汁に塩とつららアワビだけ。出汁は、分厚く奥行きがありながらもたおやかな味わいが、染み渡る。
先付の次に供された椀物はどうでしょうか。蓋を開けた瞬間に出汁の馥郁(ふくいく)たる香り。限りなく透明に近いその出汁は、これ以上弱すぎても、これ以上強すぎても崩れてしまいそうな、絶妙なバランスで成り立っています。そこに浮かぶのは、能登半島の北東部に位置する宇出津(うしつ)のつららアワビ(薄く引いたアワビ)。これまた、シンプルこの上ない料理ですが、見えない仕事が施されているのです。 出汁は最高級の利尻(りしり)と仙鳳趾(せんぽうし)の昆布を40時間ほど水に浸して戻し、火をつけては冷まし、火をつけては冷ましを繰り返しながら、徐々に温度を上げていきます。 「せっかくいい昆布を使っても、こうやって出汁をとっていかないと不必要な酸味まで出てきてしまう」のが理由だそうです。鰹節を合わせて風味を重ねるのですが、「醤油を使うと、香りが邪魔になってしまう」とのことから、味付けは輪島の塩のみ。その吸い地のイメージが「山の水(藤瀬の水)を飲んだ時のような清らかさ」なのだと言います。 アワビの磯香(いそか)、昆布、カツオ、塩、そのどれもが個性を出しながらも、味わいに棘(とげ)がなく、丸い。スッと五臓六腑に染み渡る、その内から幸せがこだまするような美味しさ。そして、美味しいものを食べる喜びを改めて教えてくれるのです。
毎日通い続け、信頼を築くことで、初めてできる料理人としての仕事。

港で競り落としてもらったマグロはすぐさま下処理。内臓を取り除き、尾を切り、腐敗や臭みなどの原因となる血を抜いていく。
片折氏がこだわる仕事。それはこの日登場したメジマグロに凝縮されているのではないでしょうか。供される料理は、サクから切り分け、皿に盛り付け、塩を添えただけ。しかし、片折氏はこう話します。「自分の料理が、手がかかってないと思われるのは仕方ありません。でも、自分にとっては仕入れも仕事であり、それも調理の一部なんです。このメジマグロだって、港に揚がって、死後硬直していない質のいいものを目利きして、その上で駆け引きをして仲買の人に競り落としてもらう。それをすぐさま下処理して放血するんです。その一連の仕事があってこそのこのひと皿。初めてこのメジマグロの味になるんです」。 その言葉どおり、このメジマグロには、臭みがいっさいありません。上品なマグロの香りがある一方、マグロ特有の鉄っぽさとは無縁。噛みしめるとムワッとした旨味が纏わりつくように広がりつつも、味わいには透明感があります。言葉にすると矛盾してしまうような味が、このメジマグロにはあるのです。

目利き、駆け引き、仕入れ、下処理……。メジマグロが店のまな板の上にのる頃には、片折氏の仕事はほぼ終わっている。
ただ、片折氏の料理が人を惹きつけるのは、そんな料理を提供するまでの一連の仕事やストーリーがあるからではありません。食べたことのある食材がシンプルに調理されているだけなのに、これまで経験したことのないような感動を覚える。味わい、素直に心の底から美味しいと喜べる。それこそが片折氏の仕事に裏打ちされた、「食材そのものの魅力を引き出す」料理の真骨頂なのです。
片折
石川県 金沢市並木町3-36
※掲載の内容は、記事公開時点のものです。変更される場合がありますのでご利用の際は事前にご確認ください。
※画像・文章の無断転載、改変などはご遠慮ください。




































