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2017.07.31
松本・未来の穴【おさんぽ小説 #4】
荻窪のブックカフェ「6次元」を運営しながら、ブックディレクターとして全国を旅しながら書籍や連載の執筆活動に取り組んでいる、ナカムラクニオさん。 そんなナカムラさんの記憶の断片を綴る連載「おさんぽ小説」の第四回目。今回の舞台は長野・松本です。

松本・未来の穴【おさんぽ小説 #4】
信じなくたっていい。 いや、誰もきっと信じないだろう。 でも本当に、これは僕が体験したことなのだ。 昨年、長野県松本市にある「東屋」という、ちいさなゲストハウスに泊まった。 古い民家を改装した宿で、特に変わったところはなかった。 夜、僕は部屋に掛かっている絵が妙に気になり、裏を覗いてみた。 そこで見つけたのが、この「奇妙な穴」だった。 穴といっても、ただの穴ではない。 覗いてみると、不思議なことに僕の未来がはっきり見えた。 それは「未来の覗き穴」だったのだ。 穴に鼻を近づければ匂いがするし、声も聞こえてくる。 何と言っても自分の未来が覗けるとあって、誰もが驚いた。 僕はその「穴」の写真をSNSに投稿すると、すぐさま全世界で話題になった。 穴の不思議な現象は、科学では説明できなかった。 ある種の時空のねじれのようなもの、と考えられた。 そのゲストハウスには、次々と見物客が押し寄せ、空前の「穴ブーム」となった。 松本の街に毎日1万人もの観光客が押し寄せ、誰もがその穴から未来を覗きたがった。連日、マスコミが押し掛け、謎の「穴」をレポート。ワイドショーでも穴特集が組まれ「穴とは存在か? 空白か?」と語り合った。 BRUTUSは「穴的生活のススメ」。OZマガジンは「そうだ!穴に入ろう」。 ananは「穴できれいになる」という意味不明の特集が組まれ大人気となった。 穴のゆるキャラ「あなっぴー」が、松本市の新キャラクターとして大活躍。 トートバッグ、ティーシャツなど、穴のオリジナルグッズもたくさん作られた。 ミスタードーナツも「ドーナツの穴」という食べられない新作ドーナツを発表。 世間を驚かせた。 街の新しいお土産として穴しかない「穴せんべい」も開発された。これが空虚な日本人の心を代弁してくれていると評判になり、中国人観光客も爆買い。たびたび品薄になり、再び話題になった。 それでも「穴」は、誰が見てもきちんと未来を覗くことが出来た。 しかし、半年ほどたったある日。覗いた未来が気に入らない、と怒ったサラリーマンが「穴」に飛び込んだ。そして、内側からふたをしてしまった。穴は、完全に消えた。 他の穴を探そうと「穴研究家」は、世界中を熱心に探した。 しかし、二度と同じような「未来が見える穴」は見つからなかった。 その穴があった「東屋」というゲストハウスは、実在する。 奇跡とは、いつだって信じることからはじまるフィクションなのだ。 今でも「壁の穴」から未来を覗くことが出来ないとは限らない。 この話を、信じるか信じないかは、お好きなように。

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ナカムラクニオ
ナカムラクニオ

ブックディレクター/荻窪のブックカフェ「6次元」店主。著書に『人が集まる「つなぎ場」のつくり方』『さんぽで感じる村上春樹』『パラレルキャリア』、責任編集短編小説集『 ブックトープ山形』など。
※この物語の一部は、フィクションです。登場する人物・名称などがすべて実在するとは限りません。
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