【noteお題企画受賞作品】大賞「尾道日記」by関根 愛さん
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【noteお題企画受賞作品】大賞「尾道日記」by関根 愛さん

クリエイターが文章や画像、音声、動画を投稿するプラットフォーム「note」とことりっぷがコラボレーションしたお題企画「#わたしの旅行記」。ことりっぷシリーズ15周年を記念して開催され、応募期間中には、10,292件もの投稿が集まりました。たくさんのご応募をありがとうございました。 今回は、見事【大賞】を受賞した 関根 愛さん の作品「尾道日記」シリーズから、vol.1、vol.2、vol.8をご紹介。尾道の描写と尾道への感情が、交互に展開され、4年越しの尾道への思いがひしひしと静かに伝わってくる素敵な旅行記です。

Contents
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    尾道日記vol.1 四年越しの、おのみちへ

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    尾道日記vol.2 海が宇宙で、島が星なら

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    尾道日記vol.8 季節がゆくときの音

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尾道日記vol.1 四年越しの、おのみちへ

 おのみち。尾っぽの道。尾をひく道。どんな道のことだろう。道なき道、荒れた道、あぜ道ならばよいほう。先ゆく人なき、舗装なき名もなき道を、いちいちつまづき、あっちにこっちによろめき、ときに這いつくばりながらあるいてきたような私に道ということばはくるしく、そしてぎらぎらまぶしい。  しかし、この足ですすんであるいてきた道を悪しき道だったというわけにはいかない。ああいう道だったのはただ、だれひとり前をあるいたことがないから。それは、だれもが本来おなじだ。ところがそんな、荒らくれたじぶんだけの野の道を、沢山の人が往くのをこばむ。じぶんの道を往くより、だれかがすでに通った道を往くほうがいい。だれかの足あとにじぶんのそれを重ね、だれかの歩幅をインストールし、足はまるで自動運転のようにだれかがかつてさだめた目的地をめざす。だれかとはだれなのか。特定の他者か世間か。それとも、今ではない時間にいるじぶん自身だったりも、そんな時間があればだが、するのか。  尾の道とは、さあどんな道だろう。四年前にいただいたご縁で、ありがたいことに尾道出身のYさんがマンションの一室を貸してくださることになった。仕事も兼ねたひさびさの長めのひとり旅。ところが飛行機を予約していたのになぜか急に空がこわくなり、地面からのそのそといくことに。とりあえず片道切符だけを買った。いつまでいるかはむこうで決めよう。 + + + + + 五月十二日 金曜日  四年越しの、おのみちへ

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 朝の十時に鎌倉を出て、大船駅ビルのまめやで手土産をえらぶ。新幹線に乗るのにひと騒動。登録していたメールアドレスが無効になっているのを私が忘れていたことが原因なのだが、ネット予約システムのややこしさに眩暈がした。窓口で駅員に叱られ、コールセンターであしらわれ、たらいまわしの挙句にようやくたどりついたさいごの電話のむこうの人がとうふみたいにやさしかった。「どうかよい旅を」とまで言ってくれたのだから。   そうこうして、予定より一時間遅れの電車に乗りこむ。ぐったり疲れて、四時間ほどの道のりの前半は爆睡、後半は石垣りんさんのエッセイを読んだり、車窓を眺めたり。りんさんは伊豆にルーツがある。私も実家があるので、ちょっぴりご縁を感じてうれしい。いつかお墓がある西伊豆のお寺をたずねてみたい。  岡山より西に、電車でいくのはぴったり十年ぶりかもしれない。そのとき、付きあっていたのが岡山の人だった。両親も東京にいて、岡山のマンションはそのままにしてあり、正月にふたりでわくわくしながら帰った。二十代前半、アルバイトでなんとか日銭を稼ぎながら芝居漬けの日々を送る者同士、大晦日の非日常な雰囲気もあいまって、海外旅行へでもいくような気分だった。私たちの高揚でもうすこしで空も飛べそうだった岡山行きのあの電車は今どこを走っているだろう。銀河鉄道みたいに空へ空へと昇り宇宙の軌道へと突入したろうか。だだっ広い野をながれる川のそばに立つマンションの部屋からながめた燃えるような元旦の朝焼けを思いだす。あの朝日も私の記憶になんどでも昇ってくる。  すでに西日が射しはじめていた福山駅で、れもんより黄色い山陽本線へ乗り換えた。福山という名前をつい先日までしらなかった。西日本を走る電車はいい。どこにいくのか、検討がつかないから。日本の真んなか辺りと北にルーツのある私は、もっぱらじぶんとはかけ離れた西や南の人やものに惹かれやすい。今まで好きになった人もほぼ全員が西と南にルーツがある人だった。いつもs未知な世界を見せてくれる人たちなのかもしれない。  尾道が近づくと、左手にゆるく湾曲した海と、その先につらなる島、右手に小高い山があらわれる。そのあいだのほっそりした空間をやさしくミシンで縫うように電車が走っていく。やさしい揺れにあわせて足もとがわずかに浮き、あたまをふっと雲のなかへ突っ込んだような感じ。このままきいたことのない物語のなかへ入っていきそう。

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 駅をおりると、おなかがぺこぺこ。自炊用の食材調達もかねて、そばの福屋デパートの地下をのぞく。瀬戸田の無農薬れもんの葉寿司、というのが売れ残って割引になっているので夕飯に買う。荷物をいったん泊まる部屋に置き、海の前のほとんど人のいないデッキに腰かけて食べた。青々とした濃い緑色の葉っぱかられもんのあのさわやかな匂いがよく香った。食べ終わって、すこし散歩をする。海をのぞき込むと、無数の水くらげ。港から次々車ごと乗船していく人たち。目の前の向島へ帰路につくのだ。  ここが尾道か。空気の肌理がやわらかい。音のない絵のなかにいるよう。ああ、いま時間のそとにいるんだな。歩きすすむほど、肌が真綿にくるまれたような、子どものころのおっとりした気持ちを取り戻せそうになる。こんなにも真空のような、行ったことはないけれどこの星のそとにひろがる宇宙空間に放りだされたような、やさしさの奥の奥まで触れたらなんにもなかったみたいな大きな気持ちに出会うとは思っていなかった。  サンドイッチのあいだのレタスときゅうりみたいに海と山にはさまれていて、今住んでいる鎌倉にもどことなく似ているし、育った伊豆とも近いけれど、サーファーもいなければ漁師の姿もない。それからあの大物がどこにもいない。風だ。ここには風の姿がない。だから波の、あの荒い音がまったくきこえない。時間のそとにいるみたいと思うのは、それじゃあ、時は風ということだろうか。

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 ほぼ閉まりかけた商店街にレトロな音楽がながれている。古くてちいさな建造物は、時が止まったように口をつぐんで肩をならべている。夕暮れの昭和にやってきたみたい。私にはぎりぎりのところで届かなかった、昭和。予定日は七日だったが、二週間も先延ばしにしたのだ。手を伸ばせばそこに生まれついたはずの時代に私は生まれるのをためらい、しずかに平成へと移っていったのをちいさな暗がりから察知して、じゃあそろそろ、といそいそ出てきた。すぐそこにあったのに、永遠にその空気に触れることなく閉じた昭和。あるきながら、つけていないはずの足あとを追っている探偵のような気分になった。  尾道というと、なぜだかすーっと尾をひくようなようすの道が浮かぶ。尾をひくとは、光などが後方へすうっと流れていくことだ。あるいは、ものごとが過ぎ去ってもその名残りがつづくこと。なにかがうごいたあとに、尾のようにほそ長い光の跡が残る。その光のあとを、私たちは今往くのだろうか。光の尾は、私たちをどこへつれていこうとしているのだろう。後方とは未来だろうか。未来が過ぎ去って、今があるのだろうか。  スパイスカレー屋さんの軒先に、無農薬野菜の無人販売があった。ふりふりの葉をつけたサニーレタス、茂みみたいにわさわさしたパクチー、青々とした泥くさいネギを買う。宿で荷物を整理し、しばらくだれも泊まっていなかったという三つの本棚を隅々まで眺めた。どの物語を起こそうか。れもんの葉寿司の葉をよく洗い、枕元に置いた。持ってきたレモングラスのお香を炊いて、寝た。

「尾道日記vol.1 四年越しの、おのみちへ」

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尾道日記vol.2 海が宇宙で、島が星なら

五月十三日 土曜日 海が宇宙で、島は星なら

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 朝、持ってきた玄米を三合ほど炊く。宿にあるのはステンレス鍋で、しかもIHで火加減の調節ができないというふだんとちがう状況のなか、なんどもようすを見ながら。きれいな蟹穴ができたのを見てほっとした。昨日買った野菜をソテーして、玄米にはごま塩。地元で育った食材を調理してたべると、旅がはじまった、と思う。それにしても、ひとりしずかに食べる朝食は瞑想にちかい。今日は鼻がぐずぐずで、あたまはふらふら。おまけに冬みたいに寒い。昼からは夜までやまない雨が降る。こんな日はじぶんでもびっくりするくらいゆっくりいくのがいい。  因島で撮影取材をさせてもらうため、九時すぎ、ちいさなフェリーに乗る。向かう先は初めましてのしょうこさんの家。フェリーはほぼ満員だったが、重井東港の船着場で降りたのは私ひとり。ぱらぱら雨のなか、黒色の柴犬みっちゃんをつれたしょうこさんの娘さんのみかさんが、麦わら帽子にキャベツ色の涼しげなスカートパンツ姿で手を振って待ってくれていた。  大阪から帰省中のみかさんのスローな運転でお家へ到着。体のちいさなしょうこさんが胸いっぱいに両手を広げて「めぐちゃんだ、ようきたねえ!」と、子どもみたいに迎えてくれた。もう名前をおぼえてくれている。鎌倉まめやの豆菓子をお渡しすると「あら。まめ。わたしはまめがだいすきなんです。よくわかったね、ありがとう」と言われてうれしかった。まめやにしてよかった。  家の目の前はおだやかな海辺。ここから三原のほうに向かってちいさな船がでる。初めて島をでた日からわたしの旅立ちはいつもここ、とみかさん。美術館のなかでいちばんの大作のための額縁みたいなりっぱな台所の窓から、船の発着がよく見える。みかさんがここから乗船するたび、ちいさいタオルだと見えないから大きなバスタオルを、ちいさなしょうこさんが体いっぱい振るそう。しょうこさんはもうすぐ八十歳。今日もあんまり具合がよくないんだけどね、と言いながら気丈に、じゃあやりましょうか、と動きだす。なんだかわるいなあ、と思いながら、私も今日はぐずぐずなので、お互いゆっくりやりましょう、よろしくお願いします、と言ってスタート。  撮影のために、この辺りでハレの日に食べられてきた昔ながらの醤油めし、わかめと長芋の酢の物、スナップエンドウと絹さやを炒めた簡単なおかずを、こしらえてもらった。しょうこさんは農家のお嫁さんだから、もう何十年と、農作業のあいまにダッと帰宅し、大人数の分をサッと作ってきた。まるで早回しの映像を見ているようにすべての作業が素早いので、カメラで追うのもやっと。作るそばから同時に使わないものをざぶざぶ洗い、みるみる片していく。手先は丈夫で安定していて、とても器用。しょうこさんのふたつの手がきびきびうごくようすを見ているだけで気持ちがいい。

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 撮影に三品だけお願いしたが、いつも食べるからと具沢山のサラダも用意。おまけに昨日の夜の残りなんよ、とえびとそら豆の天ぷらまで出してくださった。撮影を終えて、みかさんと三人で食卓を囲ませてもらった。おいしかった!今日がわすれられない食卓になることは食べる前からだれとの約束でもなく決まっていて、そのとおりにことが運んで、今こうしていることは、なんてありがたいのだろう。撮影させてもらったうえに、こんなにおいしいものをお腹いっぱいいただいて、私はなにがお返しできるのか。ないなんて思うのは失礼だと思う。あるし、やるのだ。お返しと思わずに、じぶんがただやできることを。「三界のなかにわたしのなすべきことはなにもない。それでもわたしは行為に従事する。」そう、だれが言ったのだっけ。そうだ。真木悠介さんの小品集「うつくしい道を、しずかに歩く」に書いてあったことばだ。  インタビューはとても濃い時間になった。気づいたら三人でぐしょぐしょ泣いていた。私はじぶんがもらい泣きをしたことにおどろいた。涙のわけはなぜかというと、しょうこさんが私にはまだ到底わかるはずもない老いに、今全身でいっしょうけんめいに向き合っているからだった。じぶんのことも、おとうちゃんのことも、思うようにはいかない老いをどうにか腑に落とそうとして生きているしょうこさんの今日という日。その日に、たまたまこうして私が目の前にいること。それでも、じぶんのことよりおとうちゃんのこと、みかちゃんのこと、みかさんの大切な二匹の飼い犬のことをいちばんに考えて、しょうこさんはふるえる体で人生に立ち向かっている。  泣いている場合じゃないからちゃんとインタビューをしなさいよと、じぶんの尻を心のなかでびしびし叩いたが、涙をためた私の顔をしょうこさんが両手でくるっとつつんで、めぐちゃんはほんとうにいい子だねえ、と言うからさらに涙があふれた。私がいい子なのではなく、しょうこさんがいい人だから私がいい子に見えたんだ、と思ったら、しょうこさんはなんてきれいな心をもっている人なんだろうと思って、ますます泣けてしまった。しょうこさんの目に映る世界を、もしもその見方でみんなが見たら、世界が今よりずっといい場所になるのに。  しょうこさんが豆を好きなのには理由がある。まめとは、島の方言で「元気がある」ということ。まめなら大丈夫。どうかまめでいてね。まめがいちばんだよ。しょうこさんの口ぐせだ。しょうこさんはことばの人、とみかさんが言う。みかさんは、しょうこさんのことばにずっと励まされてきた。そしてコピーライターを生涯の仕事にされて、大阪にでて、その世界の第一線で活躍されている。しょうこさんから届く定期便の段ボール箱にはしょうこさんとお父さんが育てた季節の野菜がいっぱいに詰め込まれ、手紙を便箋に書く時間がないからと段ボールの四つの面には黒ペンのおおきな字でみかさんへのメッセージがいつも書かれている。  みかさんはしょうこさんを「おかあちゃん」と呼び、うまれたての赤ん坊にするみたいにとても大切に、これ以上ないくらい大切にされていて、いつまでもまめでいてほしいと切に思っているのが肌をさすほどよくわかった。きっとおふたりは今世で出会ったそのときから、こんなふうにして痛いくらい互いを大切に思いあってきたのではないか。澱みひとつない、どこまでも透きとおった場所で交わした約束を、この世でしっかり叶えるために出会って、いたわりあって、心から思いあって、いつかこの世界での別れがやってきたとしてもきっとその先もずっと一緒にいる。そんなふうにしか思えないような親子がいて、私はふたりの人生の一日を、今日ほんのすこし垣間見ている。昨日まで知らなかった人たちの、明るい人生の、二度とおなじ日はない一日を。

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 最近はずっと寝たきりだというおとうちゃんが最後に起きてこられて、すこしだけお会いできた。しょうこさんはおとうちゃんがごはんを食べてくれた、よかった、うれしい、と欲しかった贈りものをもらった子どものようになんども口にした。お暇しようとすると、しょうこさんも、ぼさぼさ頭のおとうちゃんも「ほんまに遠くからようきたねえ、ありがとう」となんどもわらって言ってくれた。この人たちがこんなに覚悟を決めたように今日という日にわらっているのに、私などに泣きごとひとつが言えるか、と思った。  私もいつか遠くない時間にそちら側へ生き、老いの渦中で想像もできなかったことに沢山出くわすのかもしれない。そのときにきっと今日のふたりの姿が脳裏にやさしく浮かび、私をはげますだろう。  帰りがけにみかさんが、広いお家のなかを案内してくれた。みかさんが帰省中に仕事場にしている二階の部屋から、海がよく見えた。ふと見ると、机と反対側の床に人ひとり分くらいの毛布が敷いてあって、古い写真が渦を描くように広げられている。おかあちゃんが最近、ここに座って思い出を整理しているんだよ、とみかさんがおしえてくれた。その作業は、たとえば今の私が昨日今日の思い出をふりかえって日記を書くようなことと、今日までいっぱいいっぱい生きたしょうこさんがするのとでは、まるで意味がちがう。しょうこさんは命を燃やしているのだ、と思った。つい先日亡くなったばかりだという、しょうこさんの大切なおねえさんの写真が一枚みえた。毛布の上に正座でちょこんとすわり、そのおねえさんに語りかけるちいさなしょうこさんの姿もぼんやり見えた気がした。  外にでた。雨はまだ止まない。みかさんがお友達のけんごさんのカフェ、たくま商店を案内してくれて、温かい紅茶をいただいた。Uターンで島に戻ってきたみどりさんが始めた喫茶店、ミドリノコヤさんにもちらりと寄った。ちいさな庭の花たちが、よわい雨に打たれてにぎやかにしていた。ふと庭の奥にガラス張りの小屋があり、そのなかにピアノが置かれているのが目に入った。小屋はまるで、ピアノのために作られたオーダーメイドの洋服みたいにぴったりとピアノに寄り添い、ピアノは透明な四角いその服にくるまれて、雨からしずかに守られていた。雨音を聴きながら、私の奏でる音はなにもないというふうに、ピアノはしいんと黙っていた。  帰りはけんごさんとご家族の方が車で尾道まで送ってくださった。因島から向島、そして尾道へ。橋をつたい、前に前にというより横に横に、流れ星にのるように車はすいすい進んだ。いくつもの島が浮かぶ瀬戸内。海が宇宙で、島は星みたい。星と星のあいだを、毎日、こうしてたくさんの人が船や車にのって行き交う。それはまるで、みんなで星座を作っているようにみえる。あるいは島はいくつも同時に存在する「今」で、そこには過去も未来もなく、その無数の「今」が星々のようにあちこち点在し、それぞれに煌めいて、そのあいだを私たちは今自在にゆくのだと。  宿へ着き、しょうこさんが持たせてくれた醤油めしの残りで作ったおにぎりを夜ごはんに食べた。あんなにお腹いっぱいいただいたのにもうおなかが空いていて、あっというまになくなった。スナップエンドウ、そら豆、絹さやもおみやげに持たせてくれたけれど、今日はもう料理をつくる気力がなかったので、これで寝ようと思ったが、デンタルフロスや風呂クリーナーを買わなくてはだったので、雨のなか重い腰をもちあげイオンへ。焼き芋が美味しそうだったのでひとつ買う。五月半ばとは思えぬ寒さ。電気ヒーターをつけた。

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「尾道日記vol.2 海が宇宙で、島が星なら」

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「尾道日記vol.3 旅人は筋斗雲にのって」

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「尾道日記vol.4 そして流れ星にのる」

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「尾道日記vol.5 ひとりでいるということ」

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「尾道日記vol.6 ほんとうのさいわいを探しに」

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「尾道日記vol.7 箱庭のような町」

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尾道日記vol.8 季節がゆくときの音

五月二十日 土曜日 季節がゆくときの音

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 午前中はコインランドリー。季節の変わり目で毛布を洗う人が多いようす。帰って朝食兼昼食作り。昨日調達した太い切干大根は、ネギと人参と煮物に。ずっと焼く調理ばかりだったから水分調理で作る味がじんわり沁みる。もずくは尾道造酢のモルトビネガーでもずく酢に。あとは冷蔵庫の余り野菜たち(スナップ、トマト、新玉葱、パクチー)を炒め、くずした豆腐をいれて卵炒めふう。

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 きっちゃ初さんの店主みきさんに、月に一度やっているおのみち空き家プロジェクトの説明会が今日あると教えてもらったので向かっていると、自然食品店えいこう堂を発見。

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 有機野菜はもちろん、丸谷とうふの豆腐やお揚げなど尾道の心ある生産者さんによる商品が所狭しと置かれている。お土産もふくめて沢山買ってしまった。お金を使うならこういう店で、少々思いきっても使いたい。ここがあってくれてほんとうにたすかる、そう思える店で。店をやっている人の幸せと買う人の幸せがちゃんとつながっている、そういうちいさな店で。湯あがりみたいな紅色のほっぺで青いジャージが似合う店主のおじさんがチャーミングだった。レシートはなく、紙に手書きで書いて計算するのもすてきだった。

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 空き家プロジェクトの説明会へ。元洋品店を改装した家が会場になっている。昔ながらの台所は趣がたっぷり。西日が射してくるのを受けながらここで夕飯の支度をしたい。空き家をギャラリーとして使えるかどうか尋ねた。担当してくれた人がたまたま今泊まっているる宿のリフォームを担当した建築士さんだった。

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 元労働基準監督署でアーティストレジデンスや制作スタジオとしても運営されている光明寺會館とAIR CAFÉを見学。商店街のあちこちを埋め尽くすように京都府警が立っているので、G7ですかと聞くと要人の警護なんですと言う。だれですか。それは言えません。まさこさんからラインがきて、韓国大統領夫人がとあるカフェにお茶をしにくるらしいとのこと。夫人のいっときのお茶のためにこんなに大量の人員が導入されるのか。

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光明寺會館

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AIR CAFÉの本棚

 日も暮れかけて、何人かにおすすめしてもらった古本屋弐捨dbへ着いた。店は元泌尿器科の建物。このあたりはその昔遊郭もあったので、産婦人科と泌尿器科が並んでいたのだという。

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 店主の藤井さんとお話。店名の由来は、本のページをめくるときの音。それが20デシベルなのだという。私たちのだれもが今日もこうして人生の一ページをめくろうとするとき、それくらい微かに、けれどたしかに空気を震わせているのだと思うと胸底が熱くなった。そのわずかな振動に、ちゃんと耳をすませていたい。本を完全に閉じるそのときまで日々、日々、くり返し、そのきれいな音を聴きつづけていきたい。  店をあとにすると、辺りが青白くなってきた。でも尾道のせいなのか、ただの季節か、七時半を過ぎても夜という感じがしない。いつまでも完全には暗くならない空のおかげもあって、こちらにきてからはふだん夕飯をたべ終わる時間に夕飯の支度をはじめている。  ・・・いや、やっぱり気づかないまま季節がすすんでいるだけかもしれない。きっと季節がゆくときの音は20デシベルよりはるかに小さなものだろう。宿の廊下を歩いていたら、腰かけたらすぐにでも折れてしまいそうに細いぎらぎらした新月と目があった。

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はもネギの味噌炒め、納豆とろろ昆布ごはん

「尾道日記vol.8 季節がゆくときの音」

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「尾道日記vol.9 べんとうと、めめんと」

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「尾道日記vol.10 ごちそうの森と、おかあちゃんのごはん」

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「尾道日記vol.11 世界中からここをめがけてきた人たちと」

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「尾道日記vol.12 それで、どこへ帰るんだろう」

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現在開催中の15周年記念企画はこちら

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※掲載の内容は、記事公開時点のものです。変更される場合がありますのでご利用の際は事前にご確認ください。
※画像・文章の無断転載、改変などはご遠慮ください。

Megumi Sekine 関根 愛

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日常を文章と映像で綴っています。生まれは会津、伊豆半島育ち。東京を経て鎌倉に。初めての本にむけて準備中。Youtube映像日記「鎌倉の小さな台所から」連載エッセイ「回復の食卓記」など↓

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