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2015.04.24
【連載・暮らしと、旅と…】糸島でめぐりめぐる、“おくりもの”
トラベルライター朝比奈千鶴による、暮らしの目線で旅をする本連載。糸島編第3回の今回は、地元の間伐材を使うにはどうしたらよいか、と奔走する店主と、地域をめぐりめぐる自然とモノの循環のお話です。どこで作られたものであろうが、愛情がこもっているもの、そしてそれを職人さんの技術で昇華させたものは使っていて気持ちがよいものです。旅で、そんなお土産に出会えたら最高の想い出になりますね。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 福岡県糸島市へ旅したきっかけは近所の書店で見かけた「糸島おくりもの帖」という一冊の本でした。ページをめくってみたら、地域の紹介をはじめ、そこに暮らす人、作る人などが素敵に紹介されていました。糸島にあるショップが発行しているらしく、この本を買うと、糸島にある素敵なものが通信販売で買えるという、いわゆるカタログ本の体裁です。そして価格は1000円。え〜っ、カタログなのに高いのでは、と思いましたが、読み進めていくうちに「糸島の暮らしぶりを知ってほしい」という制作サイドの熱い想いがこちらに伝わり、これは買うべき、と即購入しました。
JR筑前前原駅から歩いて5分。かつて旧唐津街道沿いの宿場町、前原宿だった前原名店街に「糸島くらし×ここのき(以下、ここのき)」はあります。2010年5月にオープンして、今年で5年目を迎えました。ここのき内にある「Tana Cafe + Coffee Roaster」の芳ばしいコーヒーの香りと木の匂いがたちこめて、足を踏み入れた途端にその香りだけでくつろいでしまいそうです。漆喰の壁と床下にまでふんだんに使われた無垢材のインテリアは、まるで建物全体が呼吸しているかのよう。木のクラフト製品が多いため、空気も丸くやさしい感じ。だからとっても居心地がいいのです。
ここのきの店主、野口智美さん(写真右)は、「糸島おくりもの帖」の発行人です。中学、高校時代を糸島で過ごした彼女は、その頃から木材や環境に興味を持っていたといいます。前回ご紹介した「糸島こよみ」の土台を作っている木工体験館「トンカチ館」にお母様が通っていた影響で、森や環境に関心を寄せていたという彼女は、スギの植林政策や林業離れから荒れ放題になっている森のことを知ったそうです。そして、これ以上山が荒れないために街の人にも身近にある森林や山のことに目を向けてもらいたいと考えていました。 そのためには糸島の間伐材に興味を持つ人の入り口を作るしかない、と一念発起して、街の人が興味を持ちやすいような“木を売るお店”を目指してお店を開いた野口さん。現在は、糸島おくりもの帖の制作スタッフでもある千々岩(ちぢいわ)哲郎さん(写真左)と協力し、ようやく糸島在住のクラフト作家と糸島産の間伐材で商品を開発することをスタートさせました。 私が訪れたこの日は、スギを使ってクラフト製品を作る「杉の木クラフト」の作家、溝口伸弥さんと一緒に、木を保管している製材所へ。この冬に伐ったばかりの糸島産スギの間伐材が市内の山から運ばれてきたと知らせが入ったからです。
市内二丈深江にある堀田製材所に到着すると、間伐材が外に置いてありました。早速、品質をチェック。屋号通りスギ材のみを扱う溝口さんによると、糸島産のスギは林業に従事する人が少なかったのもあり量が足りず、これまで市場のある佐賀まで九州産のスギを買い付けに行くことが多かったのだそうです。 年輪の目の詰まり具合、断面の色などを製材所代表の堀田利夫さんと話しながら見ていきます。雨が多い年の年輪は、水分を吸い上げて太りやすいため年輪の目は大きくなります。目を見ると、台風の当たり年がほぼわかるそうで、木が強風に耐えようと内部に余計な力をかけているので、制作の際には細心の注意が必要です。 ここにあるものは樹齢40〜50年ほどのもので、地元の林業従事者が冬に伐ったもの。ここのきと杉の木クラフトで2m材を50本注文しました。7月まで乾燥させて堀田さんが製材し、秋口には溝口さんが作品作りにかかります。来冬にはここのきの棚に作品が並ぶ予定とか。林業、製材所、クラフト作家、そして売り手。1年を通して、地域の間伐材がバトンタッチされていく様子がわかりますね。 工房に、どんなふうに溝口さんが制作しているのか見に行きました。間伐材で作ろうとしているのは、彼の代表作である「木の葉皿」。スギの角材を組み合わせてできる葉脈は、最初彫刻されたものかと思っていましたが、木の柾目(まさめ)と板目を交互になるように重ねていった、木の断面の模様を生かしたものでした。
「手に入る材料でどんなことができるのか考えます。それが面白いですね。どこにでもある材料で作ったもののほうが、面白いものが完成したときの喜びも大きい。こちらの技の見せ所でもありますね」と溝口さん。横浜から糸島に移住し、クラフト作家として活動している溝口さんに野口さんが初めて声をかけたのは5年前の糸島クラフトフェスのブースでのことでした。声をかけた理由は、スギを材料に使って作品作りをしている、ということ。 「まず、作っているモノが素敵。うちにもたくさんのクラフト作家さんが商品を卸してくれていますが、スギ材のみでモノ作りをしているのは溝口さんだけです」。野口さんは、自身も間伐を手伝っていたこともあり、地元の木を使用することにこだわっていきたかったため、オール糸島産スギ材での新商品作りは、まずはスギの扱いに慣れた溝口さんに、と今回も協力をお願いしたのだそう。 スギの特徴について溝口さんが教えてくれました。「スギは肌触りが柔らかくて軽く、そしてあったかいんです。お子さんが使う食器にもいいでしょうし、弁当箱にも向いていますね。うちではすべて漆塗りにして自然に近いものに仕上げています」。自然からいただく素材の特性に寄り添って、アイデアと手を生かしたモノづくりをする溝口さんの木の葉皿、使ってみたくなりました。
「糸島くらし×ここのき」という店名は、とくに木を意識したものではなく、以前、熊本県に住んでいたときに自宅兼雑貨ショップを開いていたときに「生(き)」の意味でつけた屋号だったと野口さんはいいます。お店に戻って店内を改めて眺めてみると、糸島の豊かな自然や個性あふれる作り手の感性を生かした木の商品がたくさん。現在、取引のある糸島市内の作家、生産者は60を数えるようになりました。家族の助けを借りてひとりでオープンさせたお店も、今では糸島のモノ作りに関わる人たちのつながりの軸になり、彼らのコミュニケ−ションの場に成長しました。まさに、関わる人たちが「生かされていく」場です。 「糸島は自然が豊かでいいね、と訪れる人たちはいいますが、実は山は元気じゃありません。人の手が入らず荒れ地になっているところがたくさんあります。そこにいかに手を入れていくかが地域の課題となっています」と野口さんはいいます。海も陸地も山も連動しています。海がきれいでいるためには山も元気にしなければいけません。地元の木を使うというコンセプトを貫くため、最初はクラフト作家を自分で探しまわり、声をかけ、商品を卸してもらっていたという野口さん。商品力よりもモノにまつわるストーリーで販売することが多かったのが、今では商品そのものの力のほうで知られることが多くなり、モノを使った人が誰かに贈りたいと注文する事も増えてきました。 ここのきには、木の商品だけではなく地元の陶芸作家による器や、生産者による塩、醤油、お菓子などいろんな商品があります。イベントなどに参加するうちにここのきのコンセプトを振り返って考えるようになり、糸島のものだけで暮らしを成り立たせていくという想いがつながった商品構成になっていったといいます。なるほど、糸島内でめぐりめぐる、モノと経済の循環がイメージできました。それが商品や本が人によってどこかに運ばれていくことで、何が起こってくるのでしょうか。その答えは、糸島おくりもの帖の冒頭ページの野口さんの言葉にありました。 「つくり手の想いに触れ、使われることでモノは生き、暮らしの中でたくさんの笑顔が生まれることを願って、この本を贈ります」。
さて、次回は「暮らしと、旅と...」糸島編最終回。糸島ビギナー観光客としてドライブでめぐった様子をお届けします。糸島おくりもの帖に書いてある内容を参考にしつつ、行った場所を糸島おくりもの帖のカバーにポイントしてみましたよ。本を読んだ上で、さてどう糸島をめぐりますか?と本の装丁に投げかけられた気がしました。お楽しみに。
糸島くらし×ここのき
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朝比奈千鶴
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