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2023.09.19
“戸惑う”ほど深みのある一皿。京都左京区のパン屋&ビストロ『germer(ジェルメ)』|by PARISmag
毎日の暮らしのなかで少しだけ心が弾むような豊かさをお届けするWEBマガジンPARIS mag(パリマグ)から、京都左京区のパン屋&ビストロ『germer(ジェルメ)』をご紹介します。
京都・銀閣寺から歩いて10分ほど。白川通を曲がった小道に佇むのが、今回訪問した『germer(ジェルメ)』です。開店時間はお昼の12時と、パン屋としては、ゆったりめ。
そして夜18時からは、パンに合わせた料理も楽しめます。そう、ここはパン屋でもあり、ビストロでもあるのです。
フランスで見つけた、アイデアの種
お店のオーナーは、岡本幸一さん。料理の専門学校を卒業後、フランス料理店に勤務。腕を磨くため、2年ほどフランスでも修行を積んだそうです。
「フランスの市場の近くに、パンがすごくおいしいビストロがありました。4席ほどの店内で、パンをメインにしつつ、料理も一緒にゆっくりと楽しむことができて。このスタイルがすごく良いな、いつか日本でもこういうお店を開いてみたいなと、アイデアを温めることにしたんです」。 帰国後、パン教室での講師などの経験を経て、2012年12月に『germer』をオープン。6年ほど前からは奥様もお手伝いを始め、現在はご夫婦で一緒にお店に立たれています。
フランスで見たお店のように、『germer』の店内はカウンターと少しのテーブル席でできたコンパクトなつくり。キッチンとの距離も近いため、会話をしながら料理を楽しむことができます。 「私の料理は、少し複雑かもしれません。まずは食べて、感じたことを教えてください」。 そんな風に前置きをして、調理を始めた岡本さん。一体、どんな一皿が出てくるのでしょうか。カウンター席に座り、ワクワクしながら、包丁の音に耳を傾けました。
新しい発見がいっぱいの一皿
「お待たせしました」と運ばれてきたのは、料理とパンのプレートが1皿ずつ。
まずは、料理から紹介しましょう。 フランスと日本との融合をテーマに、旬の食材ばかりで彩られたプレート。どんな1皿になるかは、その時期次第。 この日は、メインのお魚としてビワマスが載っていました。低温でスモークをかけて寝かせた後、こちらもスモークをかけたバターで焼き上げるという丁寧な調理工程。皮はオリーブオイルでパリッとした仕上がりになっています。
その横には、京都産の赤万願寺とうがらし。根セロリのレムラードが添えられています。ペーストの材料は、白いものが根セロリのピュレで上に乗っているのが茶豆、オレンジ色のものが、ガブリエルというカラーピーマン。 ガブリエルはパプリカよりも糖度が高く、がぶりと生でかじって食べられることから、この名前がついたのだとか。そしてお皿のまわりには、ビーツの赤いパウダーが囲んでいます。 「使っている食材は、近郊の農家さんやオーガニックのものを中心に選んでいます。また、日本でおもしろい挑戦をされている産地の方と出会ったら、その方から仕入れることもあります。 僕が知らないということは、きっとお客さんもまだ出合ったことがない食材だと思うので。この1皿が新しい発見や出会いにつながったらとてもうれしいですね」。
プレート専用の特別なパン
パンは、プレートに合わせて特別に焼き上げられたもの。 「ビーツはパウダーにすることで、甘みが凝縮されます。でも、すごく時間がかかるんですよ(笑)。 フレッシュなものを薄くスライスした後、色が入らないように低温で丁寧に調理しないと、綺麗な粉末にはなりません。 パンの中にはコリアンダーを隠していて、食べているときにパチっと香りが弾けるようにしました」。 ハードな食感のパンは、噛めば噛むほど、口に優しい甘みが広がっていきます。ビーツとコリアンダーのサプライズも楽しく、次の1口が楽しみになるパンでした。
デザートにご用意いただいたのは、自家製の杏仁豆腐。杏子を種から割り、調理されているそう。 その下には、九州産の青イチジクを使ったシャーベットが敷かれています。スプーンですくった1口に、甘さとおいしさがぎゅっと凝縮されている1品ですが、作ることができる時期と数に限りがあるので、かなりレアなのだとか。 運良く出合うことができたら、迷いなく注文することをおすすめします。
よく焼き・ハード系のパンも充実
昔ながらの製法を大切に焼き上げたカヌレは、予約必須の人気メニュー
「僕はパティシエとしての経験もあるのですが、小麦をよく焼くと、お菓子もパンもおいしくなると教わりました。日本はフランスに比べて多湿です。 この湿度でも美味しく仕上げるために、よりしっかり焼くことを大切にしています」。
今回の料理を目の前にしたとき、戸惑いを感じました。まずは、1皿をどういう順番で食べようかという迷い。そして1口ごとに圧倒される、味の食感のバリエーションの豊かさ。 「私の料理は、少し複雑かも」と、岡本さんが最初に語った意味が分かったような気がします。 しかし、こうした戸惑いを遥かに超え、「食べることの楽しさ」がどんどんと湧き上がってくる今まで食事で味わったことのない不思議な感覚も覚えました。 複雑だからこそ、楽しみが無限に詰まっているのですね。 「こういうお皿が出てきた時に、迷う経験って、あまりできませんよね。僕だったらこんなお皿に衝撃を受けるかなという想いを、今そこに乗せているつもりです。 それに『味わう』というのは、人間にしかできない楽しみの1つだと僕は感じています。料理に向き合って、そこにある想いをしっかり噛み締めていく。 それが、食べ物に対するありがたみであり、楽しみ方なのかなと思います。複雑と言いましたが、おいしいとお客さんに感じてもらうことが一番です」と岡本さんは語りました。
料理と会話のマリアージュを楽しんで
美味しいパンや料理、お酒を味わいつつ、会話を通して、食についての楽しみを深められる『germer』。開店当初は、分かりやすく「パン屋バー」と呼んでいたのだとか。
パンと料理に合わせてセレクトされたワインも注文できる
「開店したての頃は、パン屋なのに12時オープンと言ったら、遅すぎると混乱されているお客さんもいましたね(笑)。 10年お店を続けてきて、段々と僕たちのスタイルが伝わってきたのかなと思います。そしてこの10年で、お客さんとの会話を重ねながら、少しずつ変化もしてきました」。 あれこれと話しながらスタイルをつくり、『germer』に通うことや、お店を通して得た食への学びが、お客さんの生活の1ページにもなっているそう。 取材中も次々とお店を訪れたお客さんが、楽しそうに岡本さんとお話をされていました。
「僕は30歳半ばでお店を開きましたので、料理の世界では遅咲きの方だと思っています。これから歳をとって90歳を超えたとしても、自分の色を常にフレッシュなかたちで料理に表現できるよう、常に勉強し続けていきます。 その料理を食べてくれたお客さんに、『明日もがんばろう』と思ってもらえるような、人生に響く一皿を目指していきたいですね」。 そう言って、笑顔を見せた岡本さん。『germer』の由来は、「芽吹く」という意味のフランス語から。 おいしい料理と楽しい会話のマリアージュを、ぜひ一度味わってみてはいかがしょうか。きっと、新しい気づきの種が見つかりますよ。
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