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2014.10.17
金沢・魂のこもった和菓子を、ひとくち
連載コラム「暮らしと旅と…」金沢編、第1回目はひがし茶屋街のある東山の路地裏を散策し、ふと気になった古民家に入り、名刺を作ってみました。今回は、この夏に上生菓子で知られる「吉はし」を尋ねた話をお届けします。
「森八」の長生殿や「中田屋」のきんつば、「柴舟小出」の柴舟など、全国の和菓子フリークにも知られた銘菓の宝庫、金沢。茶の湯文化が今もなお盛んな土地柄という背景もあり、街のあちこちに和菓子屋さんがみられます。なかでも、滅多に口にできない特別な上生(じょうなま)菓子といえば、「吉はし」。なぜならば、駅やデパートなどで販売を行っておらず、店頭販売もないから。電話で注文をして引き取りに行くという対面販売のみ。茶事で吉はしのお菓子が出たとなると「あら、上等やね〜」と茶席の評価が高まる、そんな存在なのであります。 旅行者が買うには最終日に引き取りに行かないといけないため、ハードルが高い。それでも、茶をたしなむ方やその評判を聞きつけた和菓子フリークの方は賞味期限が短いにもかかわらず、持って帰りたいと注文をするという、幻のような上生菓子。そう聞くと、口にしてみたいと思いませんか?
「上生菓子というのは、茶席で目上の尊敬している人に差し上げる、敬意を払うためのお菓子なもんで、金沢ではいろんな場面で必要とされとります」というのは二代目の吉橋廣修(ひろのぶ)さん。茶席では、まずは器、そして茶室の掛け軸、季節感、お客様の様子、雰囲気を確認し、席主の意図を十二分に汲み取り、流れのなかの一部としてどのように存在するのか、常に試行錯誤しながら最上級のものを出せるようにしているといいます。 吉はしは完全予約制で、お客さんに渡す前日の15時頃までに注文を決定します。お客さんのオーダーにあわせてイメージしてどのお菓子を作るか決め、色染めなどの下ごしらえをしておき、早朝から作業を始め、9時以降のお客さんの好きな時間に渡せるようにしているのだそう。素材は、天然由来のもの。貴重な素材を使うのでできる量のみを作り上げます。だから、当日お店に伺っても予約をしていなければ買うことはできません。 初夏に伺った際は、「明るくて華やかなもの」とお願いしました。それは、外に出ることがめっきり少なくなった実家の祖母に食べさせたかったのもありました。きらきらと輝く寒天と薄桃色が可憐な「金華山」と大納言を手亡豆のそぼろ餡で包んだ「梅雨の間」。贅沢にも目の前で仕上げをしていただいたのですが、手技の素早きこと、そしてそっと餡を包む手のやわらかきこと。吉橋さんに手を触らせてもらうと、みずみずしくて張りがあり、とっても艶やか。失礼ですが、67歳というご年齢からは想像もつかないほどの若々しいきれいな手でした。
お茶をいただくまでの間、さまざまなことに気づくきっかけを与えるのが茶席菓子の役目のひとつ。あえて言葉に具現化をする必要のない席主の想いを受け取るには相当な想像力と知識、技術が必要な世界であり、菓子職人は総合的にものごとをつかむことから始まる仕事だということが伝わってきます。 「うちは、3人でやっているのでお店をそうそう大きくしたくないと思っています。手いっぱいというところでお客様にも申し訳ないが足を運んでいただいている状況です。それがかえって“吉はしのお菓子を買ってくれたのね”と先方に喜ばれるといわれるので、こちらとしては精魂こめて作ったものをふだんから口にあって楽しんでもらえればそれがいいんかなと思います」(吉橋さん)。 吉はしの和菓子は、ひがし茶屋街の「久連波」、金沢白鳥路ホテルのティーラウンジ「パルティ」、竪町の「クラフトギャラリー 珈琲 波」、広坂の「漆の実」、下新町の上林金沢茶舗などで数量限定で出しており、旅行者はそこでいただくことも可能です。お土産に買い求めるならば、1つ280 円(税別)から。お店にとりにいける方のみ、前日の夕方までに注文をしてください。
写真上は、この秋に金沢を訪れた際に金沢白鳥路ホテルのパルティでいただいた、「峰の紅葉」。赤色に染まる山々の情緒あふれる様子を想起させる上生菓子をいただきながら一足早く晩秋の季節を感じ入りました。また、下新町の上林金沢茶舗では地元産の加賀紅茶と一緒に洋風でも楽しめます。 ちなみに、私は実家が近いので持ち帰ってコーヒーと一緒にいただきました。「あら〜吉はしの上生やなんて特別やね」といいながら母や祖母と甘いもの好きのひととき。家の外に出られないお年寄りも季節を感じられ、また特別なものと知っているからこそ、世代関係なくひとつのお菓子で盛り上がれるのでありました。憧れの「吉はし」の上生菓子は、必ずしも茶席のものだけではなく、さまざまな楽しみ方があるようです。
「金沢のひがしあたりにはお茶をたしなむ方が普通にいらっしゃる。そうでなくとも、金沢は季節ごとに和菓子を味わう文化が根付いているから、小さな商いですが食べていけると思います。良いものを良い風に伝わるように残していく、そのためには感性と技術を磨き続けるのを怠ることはできません」とご主人。 完成された造形美。それを口に入れるとき、ご主人を思い出して背筋がピンとのびました。でも、ほのかな甘みいっぱいの上生は口のなかに溶けたとき、ほっぺたも腹筋もゆるんで悦楽の彼方へ。 さて、次回は伝統の金沢桐工芸の「岩本清商店」へ。実は、岩本清商店の岩本歩弓さんは、人気の書籍「乙女の金沢」の著者でもあります。乙女も暮らしに欲しくなる桐の工芸品を見つけました! お楽しみに
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吉はし菓子所
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