金沢・ちょこっとトレーに街の明日を乗せて
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金沢・ちょこっとトレーに街の明日を乗せて

連載「暮らしと旅と...」金沢編 vol.3 は、石川県指定伝統工芸品、金沢桐工芸の「岩本清商店」へ。店を営む岩本家は、世代を継いだ若き3人組が伝統工芸品を独自のスタイルで継承中です。金沢のカフェや雑貨屋さんでよく見かける「ちょこっとトレー」は、岩本清商店で作られた桐の工芸品のひとつ。安江町のギャラリー喫茶「コラボン」で見かけた、軽くて使いやすそうな焦げ茶色のトレーを見た第一印象は、「あ、なんかいい感じ」。チェックしていた人は私のほかにも、きっといるはず。

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金沢駅から歩いて15分。近江町市場近くにある瓢箪(ひょうたん)町に「岩本清商店」はありました。1913年(大正2年)に始まったこのお店は、金沢では現在唯一の桐工芸専門店です。せっかくならば工芸品の出来る過程も知りたいもの。ここでは、電話予約をすれば工房見学が可能です。 古い町家の引き戸を開けて中に入ると、所狭しと並べられた桐の工芸品が目に飛び込んできました。渋い焦げ茶色の大小のトレーに始まって、花器や小さな火鉢、壁掛け、箸置き...。クラフト的なものもあれば、立派な蒔絵が施された“ザ・伝統工芸品”といった趣きのものも置いてあります。けれども、光がやわらかく差し込む町家の玄関に、混在した感じがとても合っていて違和感がありません。

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金沢桐工芸の特徴は、焼肌のある桐板と木地に施した立派な蒔絵。北陸や東北などで育った人ならば、自宅のほか、どこかの家やお寺などで立派な桐火鉢を見たことがあるはず。これまで金沢桐工芸の主役を誇ってきた大きな火鉢は、奥のほうでどんと存在を主張していました。 「よかったら持ってみてください」 お店にいた桐工芸職人の内田健介さんにいわれ、今まで実家にあっても触ったこともなかった大きな火鉢を持ってみました。 「軽い!」 重いものを持つつもりがひょいと持ち上がり、その軽さに驚きました。そう、桐の特徴は軽いこと。また、熱伝導が低く、気温が低いときに触っても冷たく感じることはありません。 「火事がおきても桐箪笥は燃えずに残る、という話を聞いたことがありませんか?発火点が高く、使っているうちに油分が抜けていくので桐は燃えにくいといわれています。だから、火鉢に最適なんです」と内田さん。とはいえ、火鉢を現代の暮らしで使えるかといえば、なかなか難しい。立派な蒔絵の入った火鉢が片隅に置かれたままの家はたくさんあるはずです。内田さんたちも家にある火鉢をどんな風に使ったらいいかわからなかったといいます。 内田さんは岩本家の長女である歩弓さんと学生時代に東京で出会い、しばらくしてからともにこの地にやってきました。冬には暖かい湘南地方で育った内田さんには、火鉢など無縁だったことでしょう。岩本歩弓さんも、29歳で金沢に帰ってくるまで実家が何をやっているのかわかっておらず、生まれ育った金沢の街や文化にまるで興味がなかったのだとか。

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町家の玄関口にあったお店から奥に進み、工房をのぞいてみると、歩弓さんの弟さん、岩本匡史さんが木のうつわを挽いていました。挽きものを主に担当している匡史さんは、火鉢のやわらかな丸みを作り出す轆轤(ろくろ)木地師。昔ながらのベルトが張り巡らされた工房は、主に手を動かして使う工具が置かれており、人の手でできる分だけ1日に作るシンプルなやり方です。 さて、お目当てのちょこっとトレーはどのようにできているのでしょうか。丸い凹みをつけた桐板の表面に焼き色をつけるために、大胆にブォォッォっとバーナーであぶる内田さん。その瞬間、板が炭化し、真っ赤になりますが木の特性で燃えきりません。真っ黒になった板を磨き、布で拭いて汚れを落とし、ウレタンや拭き漆などで仕上げると、木目細やかなちょこっとトレーの出来上がり。職人歴10年、実はこの商品は内田さんが開発したものでした。寒さ厳しい雪国だからこその良質な桐を使って作り上げられたトレーは、耐湿、耐火性に強く、手にもって軽い。金沢桐工芸の新しい生きる道を模索したなかで完成した“暮らしの逸品”でした。

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「10年前、父がお店をたたむというので、東京で働いていた家族3人がせっかくだから何かやろうかってことで金沢に帰ってきたんです。でも、いざ桐工芸を見渡してみると今の生活で使いたいものがなくて。それでちょこっとトレーが生まれました。金沢桐工芸で大事な特徴となっている“錆上げ蒔絵”を入れると価格が高くなってしまうので、それは省いて焼き肌だけを生かした形で。ぎりぎりの価格で出していますが、まずは桐の味わいを親しんでもらえたら」と歩弓さん。家業を手伝い、たくさんの蒔絵を眺めているうちにその美しさ、モノの良さがわかるようになってきたそうです。 「そのうち、購入してくださったお客様のほうから蒔絵入りが欲しいといってくださるようになりました。嬉しいことです」。 ちなみに、ちょこっとトレーは1500円。蒔絵入りは4000円から(それぞれ、税別)。 桐工芸と同様のまなざしで、金沢にある古い町家も見るようになったという歩弓さんは、先人の智慧の詰まった町家の素晴らしさに惹かれ、町家を巡るイベントのスタッフをしています。2008年秋から始まった「町家巡遊」は、今年でもう7回目を数え、金沢の秋の彩る人気イベントのひとつになっています。もちろん、巡る町家のなかに岩本清商店も入っています。 観光者向けの特別なものでなく、地元に暮らす人たちが友達を案内するような気持ちで歩弓さんが作った書籍「乙女の金沢」は、たちまち人気となり、それが進化してイベントにもなりました。以前勤めていた出版社で培った仕事のやり方を生かし、さまざまなものを編集して人につないでいくセンス。いつの間にか彼女は街の未来をもつなぐ存在になりました。

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さて、その使いやすそうでありながら本物の工芸品であるちょこっとトレーを2つ購入した私ですが、お客様用にあと2つは手に入れたいところです。タイミングがよいことに今週から11月3日(月・祝)までJR東京駅構内エキュート東京「おいしい×石川県 いしかわマルシェ」内イベントスペース粋〈イキスイ〉で「いしかわマルシェ商店」が開催されています。岩本清商店からはちょこっとトレーや鍋敷きなどいろんな商品を出品されるそうです。石川生まれ、石川育ちのよいものを集めたショップ「いしかわマルシェ商店」、関東近郊の方はぜひ訪ねてみてください。居間には、彼女が作った「いしかわマルシェ」のブローシャーが蓋をした火鉢の上にありました。 金沢に帰ってきてから10年。私が連載の金沢編 vol.1冒頭で書いた、この10年で金沢21世紀美術館が完成して駅からの道路が広がって...というまさに街が大きく変わり始めたときから街を眺め、ともに暮らしてきた岩本家の皆さん。家業も含めて金沢の良きものを残しながら新しいかたちにつないでいく、まさに現在進行形のまっただなかにいます。実際に家で火鉢を使い始め、あたたかな火鉢の周りに人が集まることで家族のコミュニケーションにも役立つことを実感したといいます。今では、卓上に置けるシンプルな火鉢が人気商品のひとつになっています。畳の暮らしに慣れない内田さんが考案した桐の座布団「アシナイス」もスマッシュヒットに。暮らしを新しく見つめ直すことで伝統工芸の技術を継いだまま、新しいかたちへー。 「今の新しい家は古くなるとなんだかみすぼらしくなっちゃうのだけど、古い町家は磨くと輝きを取り戻すことができるのがいいんですよね」と歩弓さん。使うほどに風合いがよくなるという金沢桐工芸品が新品、アンティークが混在している岩本家の居間を眺めて、なるほど、さもありなん。ひとつのものを10年間、見続け、実際に使いながら暮らしにとりいれてきた歩弓さんだからこその言葉でした。 旅行者にとっては、ちょこっとトレーは金沢の伝統工芸品を気軽に触れられるファーストステップ。現代の住まいにあわせた取り入れ方で、好きな風に、居心地よく、まずは使ってみましょうか。 さて、次回は犀川のほとりへ向かいます。素敵なものの周縁にあるリズムは、連動して暮らしに語りかけてきます。金沢をひとつの目線で訪れてみると、連動感をきっと自分で紡ぎ合わせることができるはず。

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