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2014.10.31
金沢・触れてうつくし、使ってうまし。暮らしが変わるグラス
連載「暮らしと旅と...」金沢編の最終回は、「factory zoomer/shop」へ。実はこの連載を始めるきっかけとなったのは、遠方の友人から贈られたひとつのグラスでした。それは、シンプルなかたちでありながら、使っていくうちにどんどん存在感が増していく不思議なグラス。使っているうちに、友人が毎日のように使っているお気に入りのグラスと同じものを私に贈ってくれたのだとわかってきました。このグラスのもつ心地よい感覚をさりげなく共有してくれたんだと。同じ作り手の作ったグラスをもっと手にとってみたい!そこで、私はグラスの作り手であるガラス作家、辻和美さんのショップへ足を運びました。
太陽に反射した白塗りの壁。陶器やガラスなど、お互いの個性を邪魔しないちょうどいい空間を保ってディスプレイされている気持ちのいい店内。目の前にある犀川の対岸を見渡しながら、コーヒーを一杯。うん、和む。 辻さんの作品は、黒いガラスをカットした定番の「めんちょこ」とめんちょこのリサイクルガラスで作った「reclaimed blue」シリーズがほんの少しありました。いざ、来てみるとfactory zoomer/shopには、必ずしも商品が豊富にあるわけではない様子。でも、韓国のふきんやカラフルなアクリル毛糸の食器洗い、すっきりと仕立てのよい洋服など、暮らし回りの品物がいろいろと置かれていて、ひとつ気に入ったものができると連動して身の回りが整っていきそうです。 「自分たちの好きなものをセレクトしているんです。このガラスのある暮らしに何をあわせるといいかなということで、生活全般のものを扱うようになりました。いくらガラスが好きでもみそ汁までガラスの方はいらっしゃいませんよね。ガラスの隣にはこんな小鉢やお手拭きがいいなというところで、商品構成がどんどん広がっていったんです。うちに置いてあるものは、すべて軸がガラス。ガラスと一緒にそこに存在していて合うもの、よいなと思うものを選んでいます」 という辻さん。ざっくばらんな口調で軽やかに話しながらも、そのまなざしは、ぴしっと決まってぶれない。
ガラスを始めたきっかけは、大学卒業後に海外に出たこと。グラフィックデザインを専攻していた辻さんは、誰かに頼んで作ってもらうディレクター的な仕事ではなく、手に技術を持ちたい、実際に手を使って何かを作ってみたい、そう思っていたそうです。 でも、布を織るのも土を触るのもピンとこない。試行錯誤のなか、アート系ステンドグラスに出会い、アメリカ在住のイタリア人アーティスト、ナルシサス・クアグリアータ氏のもとで弟子として学ぶことに。同時にカリフォルニアカレッジオブアートに通いました。卒業後は、ステンドガラスの素材となる吹きガラスをイタリアで学び、そのままイタリアに残るのかと思いきや、金沢に戻ってきました。 「1年だけ、といわれていたのに3年半も実家の援助に甘えており、いつまでも海外にいるわけにもいかなくなりました。また、イタリアではデザインと制作現場が分かれていたので、就職するとなると、自分が避けたかったディレクション業務になってしまうと。そんなときに地元金沢にできた卯辰山工芸工房での助手に呼んでもらったので、帰ってくることに決めたんです」。 辻さんは、そこでさまざまな素材を使ったモノづくりを目の当たりにし、アートの世界から生活工芸品としてのガラスに入りました。試行錯誤のうえでの宙吹きカットガラス「めんちょこ」の完成です。以来、15年の間にゆうに10万個は人の手に渡り、定番品となりました。 実は戻ってきてから飛び込んだ金沢の工芸界は漆や友禅などの伝統文化が強く、その仲間にガラス工芸を入れてもらうのは最初は難しかったそうです。今では生活工芸プロジェクトのディレクターとして活躍する辻さん、当時は海外帰りだということもあり、業界のあり方の違いやアートと工芸、伝統文化、など縦割りのジャンルわけに疑問に思うことが多く、葛藤の日々だったといいます。 「もっと横につながればいろんな広がりができるのに」 そんななかで自分自身を見つめ、暮らしのなかで本当に欲しいもの、好きなもの、心地の良いものを自由な気持ちで作り、共有していくという姿勢が出来上がってきました。
factory zoomer/shopには、めんちょこに代表される定番の「standard series」と展覧会で発表する「limited series」とふたつのシリーズがあります。 standard seriesは、作家ものと機械ものとの間の立ち位置で作りたいと思い、組み合わせの表をつくって作り方をスタッフと共有しています。これはfactory zoomerのホームページの注文表で見られますが、このやり方はこれまで学んできたデザインや現代美術の理論武装からできあがったのかもといえますね。実は、スタッフのほうが作るのが上手なんですよ」 と笑う辻さん。展覧会でのみ発売されるlimited seriesは、シリアルナンバー入り。私のもとにやってきたのはlimited seriesのほうでした。 黒いガラスをカットして作っためんちょこの廃棄品を集めて溶かし、再生させた、深い海のような青のガラス。辻さんは、年に一度だけ、このガラスを吹きます。手にもって唇に触れてやわらかなあたたかみを感じさせる味わいのあるフォルム。辻さんから生み出されたグラスが我が家にやってきてからというもの、グラスに注ぐ、飲む、手に持つ、そんな行為が楽しくなりました。このグラスを使いはじめ、今まで何気なく体の中にいれていたものをしっかりと意識するようになりました。
「作品制作では、どのあたりで止めるか、その感覚が大事です。隅々にまでいいなと感じていること、納得できるところはどこか、それが見極められるかどうか。作家の場合はすべての感覚が自分がものさしになるので、そのものさしは誰にも譲れません。自分の感覚に正直にいること。自分のいいと思うものを作り続けるためには、感覚のものさしを濁らせないようにしないとな、と思います」と辻さん。 では、濁らせないようにするにはどうしたら? 「外に出ていろんな人に会ったりモノを見たり、家では新しい料理に挑戦してみたりとか、もちろん買い物も大事、ストレスをためないようにね」。 当たり前の答えでごめんなさいね〜という風に、辻さんは笑って答えました。 実はショップマネージャーの柳田さんとはそんな暮らしのなか、ヨガ教室で出会ったそう。ふたりの心地よいところが同じなせいか、お店は静かながらも和気あいあいとしたムードが広がっていました。 実は、辻さんは金沢にこだわってアトリエやショップを構えているわけではありません。 たまたま、犬の散歩でよく来ていた犀川のほとりを「気持ちがいいな」と思っていたのもあり、ここにお店を構えることにしたのだそうです。 ふだんの暮らしのなかで見えてくるもの、心地よさを作品や作品の周囲にある環境に落とし込んでいく。そうやって生まれてきたガラスだから、使って気持ちがいいのか、となるほど合点がいきました。日々、丁寧な暮らしを送っている友人だからこそのセレクトに、納得。
手から生み出すもの、その周縁にあるもの、ふだんの暮らしを寄り添わせていくことについてー。金沢で触れたものを振り返ってみると、やっぱりこの連載コラムは自分の等身大のところでの「旅」と「暮らし」がテーマなのだと実感します。 日本各地でひと足もふた足も前を歩いている人たちの「暮らし」と「なりわい」のエッセンスを伺いに、これからも素敵な場所にでかけたいと思います。ぜひおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
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