61
2015.02.15
向島・島影眺め、海を散歩しながらひみつ基地へ
連載「暮らしと、旅と...」前回でご紹介したウシオチョコラトルのある立花自然活用村からそのまま海のほうへ下った同じ立花地区の海岸は、静かな海が広がっていました。中国山地に季節風を受け止めてもらっているお陰で、晴れた冬の日の瀬戸内海はとても穏やか。今回は砂浜からお散歩気分で”ひみつ基地”に向かう、約2時間半のカヤックツアーに参加してみました。
しまなみ海道沿線にある島々のなかでも珍しい、自然の海浜に囲まれている向島。特に、海岸線の景色が情緒的と評判の立花海岸は、尾道市民から海水浴場として親しまれています。そんな立花海岸までカヤックを担いで1分のところに、シーカヤックのガイドツアーを行う「deep water」はありました。 訪ねてみると、備長炭で知られるバベの木(ウバメカシ)が1本、シンボルツリーのようにある古民家から、オーナーの森大介さんが出てきました。冬なのに小麦色に日焼けした森さんは潮の匂いのする海のオトコという感じ。尾道市出身の森さんはカヤックガイドをするのに理想的な環境はどこだろうと思ったときに、地元である立花海岸が頭に浮かんだそうです。そして、築150年の古民家と出会いました。
「古民家はひとりで改修しているので、のんびりペースです。室内は脱衣所やカヤックのあとにゆっくりとくつろいでもらえるスペース、ショップなどを考えています」と森さんはいうけれど、壁などを取り除いたばかりで室内はがらんどう。以前の住人が使っていたものが置いてあったり、神棚があったり、眺めていると立花地区の昔の暮らしがみえてきそうです。「改修を始めてからわかったのですが、ここは以前、関門橋完成より前に市民の足として使われてきた連絡船の船長の家だったそうなんです。ほら、天井に海上交通の守り神、こんぴらさんのお札があるでしょう?」海の乗り物つながりで導かれたのか、この家とは強い縁を感じたという森さん。じっくりとていねいに住人の記憶を受け継ぎながら家を直しています。 さて、風のないうちに海へ。本日の天候やコースの話など、簡単な説明を受けたら着替えて出発です。「deep water」では、男女ともにシーカヤック装備一式が用意されているので帽子やサングラス、季節によっては濡れてもよいサンダルなど必要最低限の準備で行けば大丈夫です。1月にカヤックをした私には、防寒を重視した下の写真のような装備が用意されていました。 私は、シーカヤックは何度かやったことがあるので、海に出る前にさらりとパドルの使い方をおさらいをして海へ。浅瀬で方向転換の練習をしながら、森さんが漕ぎだしてくるのを待ちます。二人ともスタンバイオッケーになったので、目の前に見える余崎港へ向けて出発! なぜ、港に向かうのかというと、パドル操作に慣れるため。船の間を縫うように漕ぐと、障害物にぶつからないよう方向転換したり、止まったりと水を操作する感覚が体でつかめてくるようになります。森さんの後を追って行くと、港の端っこに小さなパン屋さんがありました。「カヤックを漕いで、パンを買いに行くこともありますよ」。 島々が連なる景色と山が迫った陸の地形。それらを眺めながらパドルを漕いでいると、真冬のはずなのに額にじんわりと汗が出てきました。瀬戸内海は冬も燦々と太陽が差し込み、誰かが「日本の地中海」であると評したのが体感でうなずけます。
カヤックに乗って30分、まるで、ひみつ基地のような小さな砂浜に到着。あっという間でしたが、腕は結構疲れています。森さんは、実際にガイドをし始めてからここに来る多くのお客さんはハードなものを求めてきているわけじゃないことに気づいたそうです。そこで、あまり漕がないツアーにしてみたら「もう二の腕がパンパン!」と満足気な表情をしたお客さんが多く、参加者の体力やスキルを見てコースにバラエティをもたせることにしました。カヤックを必死に漕ぐのではなく、移動手段として使い、ゆったりと散歩気分でしまなみの景色を楽しみ、浜に上がっておしゃべりをしたり、探検をしたりするのです。穏やかな立花海岸らしいツアーは、海に慣れない人が海面に近づく第一歩として「優しい」ような気がしました。 「向こうにいくと、小さな洞窟があります。あとから見に行ってみましょうか」。浜辺にご機嫌なお休み処を作ってくれていた森さんが、お気に入りの洞窟へ案内してくれました。人がひとり入れるくらいの洞窟は、干潮のときだけのお楽しみ。お客さんからの要望でキャンドルに火をつけたバースデーケーキを洞窟の奥に仕込んでおいたこともあったのだとか。これを探し当てたバースデーの主役は驚くとともにたいそう喜んだそうです。 天然岩牡蠣の殻が混ざった砂浜は、牡蠣の産地である尾道らしく、歩くとシャリシャリという音が心地よく響きます。角のとれたカラフルなシーガラスが時折きらりと光り、目にまぶしい。太陽熱を吸収した砂浜に敷いたラグの上でぬくぬくと座り、島影を眺めながら飲むコーヒーのおいしいこと!砂浜のカフェにカヤックで散歩していくなんて最高の贅沢です。
会社員だった頃から趣味でカヤックに親しんできた森さん。実はカヤックガイドになることを決めたのは、ここ最近のこと。楽しく遊ぶだけではなく、その先の世界に飛び込もうと思ったのはなぜ?と海を眺めながら聞いてみたら......「実は、僕の足の関節、人工のものなんです」。森さんの突然の告白に驚きました。だって、カヤックを片手でひょいと持って海まで運んでいく森さんにはみじんも足の障害は感じられなかったから。 4年前、34歳のときに大腿骨骨頭壊死症に罹り、足が曲がらなくなってしまった森さんは、骨や関節を手術しました。サーフィンやカヤックなどが大好きなスポーツマンだった彼は、原因不明の難病で肝心要の大腿骨が使えなくなったことで「もう、ダメだな」と泣いて暮らしていたといいます。悶々とした日々を過ごしたのち、思い立ってからは血のにじむようなリハビリをし、歩けるようになりました。 「今は問題なくても、10年後は両足の関節に入っている人工物がどうなるかわからないんです。ということは、歩けなくなるかもしれない。自分の残り時間がない、と思ったら、自分の人生をこの10年にかけてみようと思ったんです。正直に心の欲求に従おうと決めたら、自然と戯れていたい、ずっと海を漂っていたいという答えが出ました」。そして、森さんは2年前に瀬戸内海の小豆島から祝島までを7日間で横断する瀬戸内カヤック横断隊に参加しました。誰にも病気のことをいわず、乗り切れたらカヤックガイドになろう、と心に決めて。結果は、無事に完走。 その後、レスキューを学ぶと同時に自分の肌でコースを感じながらツアーを組み立て、2013年にdeep waterをオープン。立花地区の岬、観音崎の周辺の小さな浜に上陸し、奇岩や生態を見て遊べる初心者向けのカヤックツアーをはじめ、あの島に行きたい!というカヤック上級者向けのオリジナルツアーにも対応しています。 森さんは、自然観察も楽しいツアーなんですよ、と岩にびっしりと貼り付いたイシダタミガイや亀の手に似たカメノテを手に乗せて、おいしそうな向島の海の幸を紹介してくれました。このあたりは、トコブシ、ワカメ、ヒジキなどもとれるのだそうです。
向島の魅力は人がおらず、海岸線の自然が豊かなこと。カヤック中にみた起伏に富んだ奇岩や生い茂る緑、茂みから飛び出す鳥。波の音。尾道水道に入っていく貨物船。道路からしか見えない造船風景にも間近に迫ることができます。 「立花海岸は、砂浜のエリアが小さく、陸と海が近いのがいいでしょう? 穏やかで初心者でも漕ぎやすいのもこの場所を選んだ理由のひとつです。人もほとんどいないし何も余計なものがない。カヤックでしか行けない場所がたくさんあったから、ここでガイドをすることに決めました。しまなみ海道沿線のいろんな島にも行けますしね」という森さん。 「病気をして、ものごとには終わりがあるんだなと気づきました。命や自然のこと、永遠だとは思わない。サーフィンだって同じ波が来ることはないんです。同じ波は二度と来ないんだよ、だから一回一回真剣に乗らないと!と先輩にいわれたことがあります。それと人生は同じだと思いました。そして自分の病気を通して”物事に終わりがある”と身をもって知ったあと、自然というものの大きさを知りました」。 現在は、障害のある人たちと一緒に海で遊ぶため、障害者カヤックを学んでいる森さん。ツアー終了後、島で一番の風景が見下ろせる高見山の展望台に連れていってもらいました。目に飛び込んでくる島の数々は瀬戸内海ならでは。いくつかの島の特徴を説明しながら、「お客さんがリクエストしたら、ここにあるどの島にでも連れていってあげられるよう考えるのがガイドの仕事なんです」と瞳をキラキラとさせながら森さんが話すので、じゃあ、私はどこの島へ行こうかな、と探しているうちに、あっという間に島影の向こうに太陽が沈んでしまいました。
deep water
広島県 尾道市向島町立花2665
http://deepwater-onomichi.jimdo.com/
大人5000円/2時間半から2名様より
ことりっぷ編集部おすすめ
このエリアのホテル
※掲載の内容は、記事公開時点のものです。変更される場合がありますのでご利用の際は事前にご確認ください。
※画像・文章の無断転載、改変などはご遠慮ください。
朝比奈千鶴
たびレポ
の人気記事
の人気記事