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2015.02.22
向島・和棉をつむぎ、暮らしをつなぐワークショップ
連載「暮らしと、旅と...」vol.1、2では、尾道駅前から渡船で渡ったところにある向島の立花地区を訪ねました。今回は、立花で始まったことから会社名にもなっている「立花テキスタイル研究所」で参加した和棉から糸をつむぐワークショップのお話です。
「立花テキスタイル研究所」は、vol.1でご紹介したウシオチョコラトルのあった立花自然活用村から場所を変え、現在は尾道市内に程近い向東町にある尾道帆布株式会社の帆布工場内にアトリエを構えています。オリジナル商品を販売する店舗(海岸通り店)は尾道駅側にあり、スタッフは尾道水道をまたいで店舗と向島のアトリエを渡船で行ったり来たり。そんな「立花テキスタイル研究所」(以下「立テキ」)に向かう道すがら、彼らが耕す畑の片隅にぽろんと落ちていた綿花。これがどのようにして糸となるのか、実際につむいで体験してみます。 「子どもたちが来る前に部屋を暖めますね」。スタッフの齋藤知華(ともか)さんがストーブに薪を入れ、火を熾している間にアトリエ内をきょろきょろと見渡してみると、棉(わた)があちこちに積み上げられていました。よく見ると、大きなものと、小さなものと。少しだけ形状が違うように見えます。 「和棉は輸入棉に比べて小さいんです。アジアとアメリカで咲き方も違いますよ。さて、どのように咲くでしょう?」齋藤さんの質問に、んん?と頭をひねっていると、「雨が多いからアジアは下向き、アメリカなどの乾燥した地域の棉は上向きに咲くんです。面白いですよね」。なるほど。ストーブで部屋が暖まってきた頃、立テキアートスクールに通う地元の子どもたちがやってきました。で、何をするのかというと、棉をしげしげと眺めながら、お絵描き。白い棉を書くのは難しい。でも、齋藤さんは自分がそうやってきたように、色んな視点からモノを眺めて表現するヒントを子どもたちに教えていました。
虫メガネを使ってじーっと眺めたり、もしゃもしゃと触ったりしているうちに、辺りにある綿くり機を使って棉から種を取り出し始めました。何も教えていなくても遊びを生み出していく子どもたちの奔放さを眺めていると、想像&創造力豊かな子どもたちがいったいどんな風に育っていくんだろうと楽しみになります。 一方、大人の授業もそろそろ始まります。アートスクールの時間が終わったところで子どもたちは帰っていき、入れ替わりにワークショップ参加者がやってきました。 「立テキ」のワークショップは、大きく分けて3つのスタイルをとっています。ひとつめは月例で日にちが決まっている「フレーム織りの体験講座」。ふたつめは季節にあわせたり、企業とのコラボレーションで行ったりもするスペシャルワークショップ。みっつめは好きな日にちを選んでオーダーする団体や個人向けのワークショップです。今回は、みっつめのワークショップの中から、2日間で行う「本格糸紡ぎ研修」に申し込んでみました。ちなみに、2日間はハードかなと思えば、30分からできるシルクハンカチの草木染め体験からでもクラフト好きには十分に満足できる内容です。でも、せっかく無農薬の和棉を触れるのだから手で糸をつむぐということをやってみたい。 関東から参加の佃さんは、テキスタイルデザイナー。以前から「立テキ」に注目しており、いつかワークショップに参加したいと申し込みました。一方、私は”糸をつむぐ”という原始的な体験を通して、ふだん何気なく着ている衣服の成り立ちを知りたいという動機での参加です。「立テキ」のスタッフ、齋藤さんと髙橋萌さんがふたりについてくれ、実質、マンツーマンで教わっているような贅沢さ。しかも、2日間つきっきりです。 まずは齋藤さんがお手本を見せます。種をとった綿の繊維をひゅいひゅっと右手の人差し指と親指を使って導きだすように撚っていき、ある程度糸がつむげたところで、右手に「紡ぎコマ」を持ち、くるくると回します。途中で糸が切れたら、新たにできた糸と糸の間に綿をいれて撚り、つなぐ。これには、こんな器用なことができるのかしら、と参加者同士で目をあわせてしまいました。 いやいや、せっかく来ているんだからやらないと。最初は両手がつりそうなくらい力が入っていましたが、何度か繊維をつまみ出しているうちに切れ切れでも、少しは長めの糸が出来てきました。この1本1本をヨコ糸とタテ糸として織ることで一枚の布になっていくのかと思うと、その労力や、どれだけのものか気が遠くなりそうです。
ぐりぐりと棉から種を取り出すも、どうも、糸くり機の調子が悪い。子どもたちが触って調整が少しずれたかな? 「こういったアナログの道具はちょっと調整を覚えるだけで簡単に手で直せます。もし壊れた部分があったら部品を入れ替えるだけでいいので大切に使えばかなり長く持ちますよ。デジタル機械と違うのは、ひとつがダメになっただけでは全部新しくしなてもよいところ。昔の道具は、長く使えるようによく考えられて作られていたんだなと思います」と斎藤さんは木づちでカンカンと叩きました。 種をとった綿をハンドカーダーという器具で繊維をふわふわにして毛流を整え、インドの手つむぎ車、チャルカで糸をつむぎます。チャルカは原始的な糸車で、電力を使いません。右手で手前のハンドルを回しながら左手に持った綿から糸を繰り出すとすいすいとスピンドルに糸が巻かれていく仕組み。手元から綿が引っ張られるように糸がつむがれていき、紡ぎコマよりもずいぶん速く、長く細くきれいに糸がつむがれてきました。いつの間にか、チャルカのハンドルを回す右手も軽やかに動いています。 チャルカや糸繰り機などを使えば、紡ぎコマを使った作業の何十倍も効率的にできたりします。ですが、はじめに便利なものを使ってしまうと”それがどのように成り立っているのか”ということが把握できないまま糸をつむぐことになります。だから立テキでは最初から段階を踏んで教えるようにしているといいます。ものごとの仕組みをはしょらずに知っておけば、さまざまな事態に対応できるのです。
できあがった糸は、市販品のモノと違って太かったり、細かったり、ゆらぎがありますが、それがまた味となっていい感じ。ここで学んで、実際にチャルカや紡ぎコマを購入して帰る人も少なくないのだとか。できあがった糸は織るには量が少ないけれど、編んだり、大切なものをくくったり、いろんな用途に使えます。もちろん、飾っておくのも素敵。 「立テキ」のオリジナル商品は、現在、尾道の海岸通りにある「藤井製帽 小売部」で扱っています。定番のもしゃ織ショールをはじめ、柿渋で染めたバケツトート、草木染めのシルクの靴下のほかに、地域の剪定枝を集めた染色材料も変わらず販売されていました。そのほかには、染色の助剤として鉄粉、木酢液、自分で糸をつむぐ紡ぎコマ、チャルカなど。クラフトに興味のある人以外も、家で何かを作ってみたくなるような品ぞろえです。 実は、4年前に初めて商品をお店で見かけたときに、モノを売りたいだけではない作り手の精神をはっきりと感じて、すぐに電話をかけて向島にある「立花テキスタイル研究所」のアトリエに向かった私。訪問先には、東京の美大の大学院を修了して尾道に移住したばかりの齋藤さんがいました。案内された敷地内ではヤギが雑草を食べており、地域で廃棄される予定だった剪定枝が軽トラに山のように積み上がり、「今から染料を作ってこれで布を染めます」と腕まくりをしてせっせと準備をしている人がいれば、机の上で海を眺めながらずっとイラストを描いている人もいる......なんとも心地の良い不思議な空間でした。そのときに感じた、地域の植物と染織、販売、消費、学びを通して人と人が横に手をとりあってつながっていくような未来的な印象は今も変わっていません。
あるとき、日本でも棉はとれたはずなのに、なぜ、どのあたりから輸入綿にとってかわってしまったんだろう、と代表の新里(にいさと)カオリさんが疑問を持ち、調べた際、戦前の日本では各地で稲作と同じくらいに綿花栽培がされていたことがわかりました。戦争の影響や化学繊維の普及により急激に綿花栽培をする農家は減少し、今では国内自給率は限りなく0%に近いものになっています。そう、身近にある綿はほとんどが海外からの輸入に頼っている状態なのです。 布は肌に直接触れるものなのに、残念ながら大量生産の綿は農薬が使われており、アレルギーを発症する人もいます。これはどうしたものかと危機感を持った新里さん。そこで、2007年に向島で綿花栽培を始めるともに、島に豊富にある剪定枝を使って染色も始めました。地域の不要なものを集めて再利用して綿花栽培に取り組むのは、失われてしまった里山の文化を伝承をしていくことにつながり、ひいてはこれからの暮らしの在り方を見つめることにもなります。最近は、新里さんの考えに共感したアメリカ人の農業専門家、トーマス・コレプファーさんもスタッフに入り、土地の自然と循環を意識した持続可能な畑作りと、同じく持続可能な地域ビジネスモデルづくりを始めています。 糸をつむぐことは、暮らしの知恵を共有することでもあり、体感することで農業や衣類を見つめることでもあり......「立テキ」のワークショップには、さまざまな可能性が秘められていることを感じました。身の回りの狭い範囲をじっと見つめることで、結果的に大きな暮らしの見直しや展望につながること。人によっては食べ物からかもしれないし、器やインテリアで深く見つめることになるかもしれません。たまたま、暮らしになくてはならない衣食住の「衣」の部分を見つめる体験をしてみたら、洋服を選ぶときに一枚の布から糸、ひいては棉までを想像し、吟味して買うのが楽しくなってきました。そうだ、今年はプランターに和棉の種を蒔いてみよう。来年も、それ以降もずっと種がとれるように。毎年少しずつ糸をつむいだら、いづれ長い糸になることでしょう。 下の写真は左から立テキのコアメンバーであるトーマスさん、新里さん、齋藤さん。日本の固有種である和棉は、立花テキスタイル研究所のトレードマークです。立テキのみなさんの活動に、「見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい」というマハトマ・ガンジーの言葉が思い浮かびました。
立花テキスタイル研究所
http://tachitex.com/
海岸通り店/広島県尾道市土堂1-15-17 藤井製帽 小売部内
火曜定休 10:00-19:00
アトリエでの本格糸紡ぎ研修 25,000円/1名 宿泊料込み
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朝比奈千鶴
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