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2020.07.06
滋賀県・信楽の地で日常に寄り添う自由な器を/陶芸家・栗田千弦さん
古くから陶芸の町として知られる、信楽。 伝統を踏まえた新しい信楽焼の作り手の一人として、あたたかみのある作風が人気の陶芸家・栗田千弦さんにお話を伺いました。 ■プロフィール 栗田千弦(くりたちづる)/滋賀県出身。2011年に信楽窯業技術試験場素地釉薬科を修了し、同年「CLAY STUDIOくり」の2代目店主となる。信楽にある工房を拠点に制作活動を続けている。

お客様と話す時間が一番の楽しみ

木と白色を基調にし柔らかな光が差す店内
信楽駅から歩いて10分ほどのところに、栗田さんが運営するギャラリー兼ショップ「CLAY STUDIOくり」はあります。店内には、ベーシックな食器や花器から、照明や時計、夏季限定の風鈴や蚊やり器まで、日常に取り入れたくなる焼き物がずらりと並びます。 「お客様と話す時間が好きなんです」と、朗らかに出迎えてくれた栗田さんの雰囲気そのままに、店内には心地よい空気が漂います。

導かれるようにしてたどり着いた陶芸家への道

パンやギターをモチーフにした箸置きといった遊び心ある小物が豊富(300円~)
信楽の窯元で働くお父様の背中を見て育った栗田さん。しかし、当初から陶芸家は目指してはいなかったそうです。 「大学を卒業後、古美術品を扱う会社で働いていましたが、美術や芸術に強い関心があった訳ではありませんでした。ただ仕事柄、東西の“ホンモノ”と言われる焼き物に実際に触れる機会があり、今思えば陶芸への興味は湧いていました」 その後、独立して店を始め、闘病中だったお父様の仕事を「次の仕事が見つかるまでのつもりで」と手伝い始めた栗田さんは、自身でも気づかぬうちに陶芸家への舵を切ることになります。徐々に陶芸への興味を深め、信楽窯業技術試験場を卒業した矢先にお父様が亡くなり、店を引き継ぐことしたのです。

「父の代わり」ではなく「自分の店」へ
一つずつ丁寧に父の背中を思い出しながら制作に向かう
「店を引き継いでからの2年間は、父の時代からのお客様の声に応えるのに精一杯でした」と当時を振り返る栗田さん。 2013年、五里霧中だった日々に転機が訪れます。土地の管理者の都合で、急遽、店の移転を余儀なくされたのです。 「父が遺した店を途切れさせたくない」その一心で、移転先の場所決めから改装、窯の移動まで、店に関わる大小あらゆることを栗田さん自身の手で決めていった約2か月間。このプロセスの中で、父ではなく自らの店としての意識が、栗田さんの中で強まったといいます。

飽きのこない、日常に寄り添う器を

店の定番「くり」シリーズは揃えたくなるかわいさ(1700円~)
「CLAY STUDIOくり」では、「日常に寄り添う器」というお父様のコンセプトを大切に、製法も商品のラインナップも当時から変えていません。 古くからの信楽焼の大きな特徴は、どっしりとした重厚感にあります。栗田さんは信楽焼の素朴なあたたかさを大切にしつつ、軽くて丈夫な食器にしたいと、通常よりも高温の1250℃で窯を焚き、陶土の密度をきゅっと高める工夫をしています。 その中でも、「くり」が描かれたシリーズは、お父様の時代からの定番商品。器の下部の薄茶色が栗を思い起こさせる、なんともキュートなデザインです。 「まだまだ父と同じようにとはいきませんが、新作が出るたび家族の食事用に集めてくださる方もいます」

自分の「作りたい」を追求した器を

左から、香炉(5000円)、「しのぎ」シリーズのボウル(2800円~)
お父様の作風を大切に守る栗田さんですが、近年はご自身の作品づくりに向かう時間も増えてきています。 人気の「しのぎ」シリーズは、栗田さん自身が作りたいものを追求して生まれたのだとか。装飾技法の一つである「しのぎ」は、成形された器の表面をカンナで削った筋のことを指します。手作業のため一つとして同じ線はなく、削ったときのリズムが感じられるようです。 また、クリーム色のやさしい色味とさらりとした質感、コロンと丸いフォルムで、女性のファンが多いのもうなずけます。

手作りの良さを伝えられたら

「モヤモヤすることがあっても、土をこねているとスッキリするんです」と栗田さん
「オシャレで便利なもの」があふれ、モノの選択肢が無数にある現代社会。 栗田さん自身、物心が付く前から伝統的な信楽焼に囲まれた暮らしを送っていた反動でしょうか、規格化されたスタイリッシュな製品に憧れた時期もあったとか。 「この皿に盛ると美味しそうに見える」、「職場でこのコップを使い始めて、ふと眺めてほっこりしている」といったお客様の声を聴き、手作りや信楽焼の魅力に、改めて外側から気づかされたといいます。 「一つずつ表情が異なる焼き物は使うことで愛着が湧き、大事に扱えるようになります。まずは一つ、生活に取り入れてみてほしいですね」

違うようでつながっている妹の存在

イラストレーターである妹の泉さんのポストカードも各種販売(160円~)
店内には、イラストレーターである妹の泉さんによる作品が少し販売されています。思い付きで描くオートマティズムという技法を用いて描かれたカラフルなイラストは、どこか飄々とした雰囲気で、手に取る人をクスッと笑顔にしてくれます。 栗田さんは「天真爛漫な妹とは性格も全然違いますが、ここぞという時にしっくりくる、頼れる存在。その自由な感性に、会うたびに刺激をもらうんです」

姉妹で紡ぐ新たな展開

姉妹のコラボによる時計(5000円)。内容は泉さんのインスピレーション次第
これまで信楽内外での作家市などにも積極的に取り組んできた栗田さん。最近では、単独での作品づくりに加えて、泉さんが絵付けをしたポップな時計など、姉妹でのコラボレーションも行っています。 2019年には地元・信楽で姉妹展も開催し、今後の展開も話し合っているそう。お二人の感性が合わさって、今後も楽しいものが生み出されそうです。
展覧会「ぴんとはるひと わきいずるひと」にて、二人での記念撮影

守るものと新しく創るもの、その両方を大切に

細くすぼまった口が美しい一輪挿しは、左から、青いボーダー柄(3500円)、「しのぎ」(3000円)
「信楽焼の産地として大切にしていかなければいけない部分もありますが、今までもこれからも、その名前にこだわらず自由につくっていきたい」と、終始、明るく話してくれた栗田さん。 これまでに遭遇したであろう、道のりの大変さを少しも感じさせないその笑顔からは、栗田さんの作品にも通じる、やさしさと、その奥にある静かな強さを感じました。 お父様の器をルーツとしながら、栗田さん自身の想いを乗せた自由な焼き物たちが、今後も信楽の地でたくさん織りなされていくに違いありません。

CLAY STUDIOくり
クレイスタジオくり
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Union Synapse 写真:津久井珠美
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