孤高の鮨を目指し続け、いまだ見ぬ高みを目指す。[すし処 めくみ/石川県野々市市] by ONESTORY
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孤高の鮨を目指し続け、いまだ見ぬ高みを目指す。[すし処 めくみ/石川県野々市市] by ONESTORY

「日本に眠る愉しみをもっと。」をコンセプトに47都道府県に潜む「ONE=1ヵ所」の 「ジャパン クリエイティヴ」を特集するメディア「ONESTORY」から石川県野々市市の「すし処 めくみ」を紹介します。

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名店『ほかけ』を皮切りにキャリアをスタートさせた山口氏

金沢市のベッドタウンとして人気の隣町・野々市市。のどかで穏やかな時間の流れるこの街に、全国の鮨ツウがこぞって足を運ぶ鮨屋があります。店の名は『すし処 めくみ』。この地で店を構えて10年以上。店主は石川県山中温泉出身の山口尚享氏、45歳。山中漆器の職人の家に生まれ、畑は違えどいつしか自らも職人に。 毎朝100kmを往復する能登半島への魚の仕入れに始まり、店に戻るや否や仕込み作業、そしてめくるめく夜の営業と、鮨職人・山口尚享氏の1日に密着。「めくみの鮨を味わうためだけに、金沢を訪れる価値がある」。全国の食ツウに、そう言わしめる山口氏の仕事とは? そして、追い求める理想の鮨と彼の生き様に迫ってみました。そこには、到底真似のできない独自の世界観とこの地だからこそなし得た魚との対峙が待っていました。 立ち止まらない、そして果敢に挑戦を続ける鮨職人・山口尚享氏。彼の握りを味わうためだけの旅があります。それは口福な旅、訪れる誰もが笑顔になれる旅でした。

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江戸前鮨から能登前に。全ては地元の食材を知ったことから

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簡素かつ慎ましい店ながら、店を形作る素材は全て本物に

孤高の職人・山口尚享氏、45歳。山口氏は21歳から鮨の世界に入った遅咲きの鮨職人です。店は金沢市のお隣、野々市市の住宅街で鮨店『すし処 めくみ』を営んでいます。金沢市の市街地からであればタクシーで20〜30分、決して便利とは言えないこの場所で13年。そして価格は今や金沢でもトップクラス。いや、東京の一流店にも引けを取らない強気の設定なのですが、その握りを求め、ゲストは東京や関西圏からのリピーターを中心に常に予約で埋まる話題の店です。なぜこのような辺鄙な場所で店を開いたのか。当の本人は「特に何も考えずに店を開いてしまいました。とにかく早く独立したかったのです」と、意外な答えをさらりと話します。

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柾目檜の一枚板を使用したカウンター。凛とした空気が流れる

東京・銀座で暖簾をかかげる江戸前の名店『ほかけ』からそのキャリアをスタートさせた山口氏。『ほかけ』の他にも数店を渡り歩いた後、30歳で地元の石川に戻り、独立を目指します。 「当時、金沢の鮨店には江戸前のスタイルは、ほぼありませんでした。煮きりをつける店も、本マグロを出す店も、しっかり仕事を施した握りもなかったので、これはどことも被らないな、と。だから場所は関係ないと思ったんです」。 そうして築地から仕入れる最上級のネタで江戸前鮨を提供し始めたのですが、開店後1年は本当に苦労したといいます。 「月にお客様が30人。それも知人や親戚など身内がほとんど。ギリギリでした」。

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江戸前鮨を改良しながら、能登前の鮨を追求

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珠洲市の土を使用した珪藻土の壁。しっとりと店になじむ

開店後、スタートに苦労するも自分のスタンスは曲げず、本人曰く「やせ我慢」を続けていたと山口氏。するとポツポツとメディアに取り上げられるようになり、少し軌道に乗り始めると、今度は客に「なんで地元の魚を使わないの?」と言われるように。 「いいものがないんですよ。そう言ってごまかしていたんですが、そこからです。なぜ、納得のいく魚がないのか探し始めました。そうして出合ったのが能登の七尾です。自分が気付いていないだけで、ちゃんとあったんですね」。 捕れたての能登の白身魚を味わい、「その臭みのなさに驚きました」と山口氏は言います。 「このすごさはまだ誰も気付いてない。この魚は全部、私のものだ!と思いました」。

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そこから店のある野々市から能登へ魚を仕入れに行く生活が始まります。鮨も「江戸前」ならぬ「能登前」に、大きく舵を切ることに。 「『ほかけ』のおやっさんから唯一直接教わったのがシャリの炊き方です。古い江戸前はお湯から炊く、湯炊きが基本なんです」。 そうした伝統的な江戸前のシャリの炊き方も、独自に改良します。 「湯炊きをすると、最初に表面だけが炊き上がりα化、中のデンプンの流出がなくなります。だから粘りが少ないシャリになる。輪郭がはっきりしたお米になるんです。逆に弱点は外から火を入れる分、中に火が入りづらいので、少し芯が残る。そのデメリットを、今は長く吸水させて改良しました」。 米の炊き方ひとつでも、尊敬する師のスタイルを踏襲しながらも、研究を重ね、原理を理解した上で独自に改良を重ねてきました。使う酢も『ほかけ』は赤酢のみだったのが、江戸前ほど赤身が多くない能登の魚には米酢を足してブレンドし、見事、能登の魚に合わせてみせます。『ほかけ』で培った江戸前の技術を、ここ石川の地に置き換えて、独自に進化させた能登前が生まれた瞬間でもあるのです。

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孤高の職人の目指す頂は、はるか高みへ

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住宅街の一軒家の店は暖簾もなく。小さな表札が目印に

「修業先の『ほかけ』での仕事は本当に辛く、実は1年ちょっとで逃げ出してしまったのですが、後になってわかったのがおやっさんのすごさでした」。 本人は逃げ出したというが、修業中は穴子のツメを指に隠しつけ裏で味見を重ね、仕込みの魚の切れ端や余った酢飯で仕事を覚えてきたそうです。毎日、自らの気付きを書き記したノートは1年で4冊。それは今も山口氏が迷った時、立ち返る場所になっているのです。 「辞めたからこそ、そのすごさがわかりました。超人です。おやっさんは今でも自分で自転車に乗り築地へ行く。職人はそういうもんだと背中で語ってくれていた。厳しさもありましたが、それ以上に優しさがありました」。

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こんな場所にと思わず疑うほどの住宅街に、名店は佇む

毎朝の能登への仕入れ然り、シャリの炊き方然り、名人と謳われる『ほかけ』の小鰭の作り方然り、今なお目指すのは師の背中なのです。 「あのすごさに追いつくには、原理を学ぶしかありませんでした」。 休むことなく、本物だけを追い求める鮨。年間で休むのは数日だけと山口氏。 「スーパー銭湯の寝湯みたいなところで、日がな一日、寝ては湯に浸かり、また寝ては、ビールを飲む。何も考えない日が至福の休日です(笑)」。 店は数年前に改装し、全てを本物に仕立て直した。カウンターは、柾目の檜の一枚板。壁は珪藻土に能登の土を混ぜ合わせ、道具も器も全てにおいていっさいの妥協はありません。 「いつか納得のいく鮨を出せたら引退ですかね? いつのことやら……」。 孤高の職人の目指す頂は、はるか高みにあります。

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