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2015.01.18
鎌倉・大切な器にまつわる記憶を紡ぎ直して
※こちらの記事は2015年1月18日公開のものです。 ふと気づくと、お気に入りの器の端が欠けていることがあります。どうやら、ガサツに扱ってしまっていた模様。そんな器たちがいつの間にか食器棚の端に寄せられてたまったことに気づき、これはどうしたものかと頭を抱えていたところ、江ノ島電鉄由比ヶ浜駅近くにある「蕾(つぼみ)の家」で1日からでも参加できる金継ぎ教室が行われているのを知りました。これまで、大切にとっておいたカケのある器が蘇りそうな予感!連載「暮らしと、旅と...」鎌倉編 vol.2は、器を修繕する「金継ぎ」の技法を習いに由比ヶ浜に出かけました。
金継ぎは、割れたり欠けたりした器に漆を塗ってつなぎあわせたり、パテで埋めたりし、その上から金や銀の粉を蒔いて上化粧する、茶の湯の始まった室町時代から伝わる修理法です。骨董市などで、古伊万里など古い器をながめていると、器の縁が金色になったものに出合うことがありますが、まさにそれが金継ぎを施した器で、海外では「kintsugi」をアートとして捉え、展覧会なども開かれています。金の継ぎ目の“景色”を楽しむために、わざわざ器を割る人もいるのだとか。 本日、教室に集まったのは私を含めて5名。2回目の参加となる1名をのぞき、初めての金継ぎ体験になります。めいめい、持ち込んだ器を机に出してみると......見事な割れ方をしている器が次々と登場しました。下の写真のバラバラに割れた皿は、持ってきたご本人が制作し、窯で焼いたもの。模様も含めてオリジナルとなれば、なかなか捨てられない気持ちもわかります。その下の雅子妃殿下か愛子さまに贈られたことで有名になったひよこのスープカップも見事に割れています。持参された方のお子さんのお食い初めに使った器だそうで、そう聞くと、どの器も大切な記憶が刻まれているものばかり。
講座を受け持つ臼井佐織さんは、日本画を学んでいるときに材料の金粉が余ってしまうことから、何かに使えないかと模索していたところ、当時アルバイトをしていた長谷の喫茶店でカケのある器があることに気づきました。お店の器をせっせと継いでいたところ、それがきっかけで人に教えることになり、毎年冬至の日に喫茶店での金継ぎ教室を行っていました。今では、月に1回蕾の家で教えています。 「天然素材の漆のほうがいいという方もいますが、私の経験では90%くらいの方が作業中、ないしは帰ってからかぶれの症状が出てしまうので、この教室ではなるだけ、気軽に金継ぎをしてもらえるように、新うるしという”うるしもどき”の合成漆を使っています」という臼井さん。なるほど、ビニール手袋をせずに直接手でパテをこねても問題なし。パテの素となる砥の粉と新うるしの混ぜ方を、手ざわりで確認すれば家に帰っても配合の塩梅がわかります。 「金継ぎを知らないときは、器が壊れたら捨てていました」というのは、先ほどのひよこの器を持参した横浜市から参加の大久保さん。小さな子どもがいることや、ときどき家事を手伝ってくれる旦那様が食器を粗雑に扱うことがあるため、自分の好きな器は自分で扱うようにしているといいます。いつか金継ぎをしようと思って何年もとっておいたお気に入りの急須や作家ものの陶器をこの機会に持ち込んでいました。他のみなさんも、次から次へと壊れた器にやすりをかけ、器を継いでいきます。冬の鎌倉ならではのぽかぽかとした陽光が窓から差し込み、和やかな時間が過ぎていきました。
割れてしまって小さなカケがないものはパテで埋め、成形したところで第一回目は終了。すっかりと乾燥しているはずの2回目に金を蒔くので、教室は2回、もしくは3回通うことになります。私は1回のみの参加なので、パテの作り方や漆の塗り方、成形まで。手順を覚えたかったので、「蕾の家」にある欠けた湯のみ茶碗を使って練習しました。レッスン料は1回につき、3500円(材料費込み)です。一度やり方を覚えたら、素材や筆などの材料をそろえるだけで家で気軽にできそうです。 「金が余ったり、割れた器が捨てられるのがもったいないから始めたことだから、もっと自然に、日常で普通に行うこととして金継ぎが行われるといいなと思っています」という臼井さんは、完成までにそれなりに時間がかかることや、継いだときの景色の美しさ、個性があるところに金継ぎの魅力を感じるそうです。古い物を直すというよりは新しい物を作るような気持ちで継いでいくのが楽しいのだとか。 そんな臼井さんに教室の先生を、とお願いした、「蕾の家」を主宰するViajesの池田めぐみさんは、「学びの環境を、なるだけ敷居を低くしたいと思っているんです。臼井先生の雰囲気は教わる人が緊張せずにできるのでいいなと思って」と臼井さんのカジュアルな雰囲気が蕾の家にとても合うといいます。
「蕾の家」は、池田めぐみさんを始めとする3名で運営しています。「日本の古くから伝わる文化や自然を広く、国籍を問わずいろんな人たちと共有しながら残していきたい」と想いを発信するための場所として古民家を探したところ、平屋建てのこの物件に出合いました。もとはここ一帯に土地を所有していた大きな邸宅の門番が住んでいた家だったそうで、通りから少し入った場所にあり、陽当たりがよく、みかんなどの果樹が育っています。広くて気持ちのいい庭に面した玄関とリビングがなんとも趣きのある造り。築100年の古民家の古材などを利用してリフォームしたインテリアは、池田さんたちのセンスが存分に盛り込まれています。 「以前、スペイン・バレンシア地方でお邪魔した家のご主人が、庭にあるオレンジの木の下で鳥やウサギ肉の入ったパエリアを作ってくれたんです。最後にオレンジをもいでぎゅっと果汁をしぼって。パエリアというと魚介のイメージを持っていたので驚きました。自然のなかでいただくさりげないシチュエーションに、土地ならではの文化や自然は実際に触れて感じるものだと実感しました」と池田さん。自分たちもそんな現地ならではの暮らしの経験を誰かに提供できるようになりたい、と思い立ちました。試行錯誤しながら今のかたちを築き、「蕾の家」はオープンして2年目を迎えました。
開花する直前の蕾のような自分たちが共に知恵を分け合い、好きなものを共有しながら成長し、花開いていく……そんな想いから命名された小さな一軒家。池田めぐみさん(写真左)とさゆりさん(写真右)、そして友人の奥谷舞子さんとともに多くの人を巻き込みながら、学びとコミュニケーションの空間を作り上げています。現在、24もの教室が行われており、そのほかに”日本文化を体験できる1日”や国際交流、季節毎のイベントも行っています。玄関の下駄箱の上には、3人の理想を奥谷さんがイラストにしたものを刷った名刺が置いてありました。 さて、金継ぎのほうですが、見事に割れた器たちはすべて継ぐことができ、お開きに。先に帰った3人組のあとに2回目の参加という上原さんは先生に手伝ってもらいながら、金粉を蒔いて完成です。 古民家と金継ぎ。古いものを直してみると新しい景色が見えてくる。技術と智を家に持ち帰って自分なりに暮らしにとりいれてみたら、きっと今そばにある捨てそうなものにも別の光が当たりそうな気がします。もし、壊れてしまった大切な器があったら、自分の手で新しく生まれ変わらせてみませんか。1日体験だけでも、手法は学べるのであとは実践するだけです。実は私、これがきっかけとなり、本物の漆での金継ぎにただいま挑戦しています......!
蕾の家
つぼみのいえ
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朝比奈千鶴
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