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2018.03.02
おむすびで人と地域を結ぶ。旅するおむすび屋「むすんでひらいて」【おむすびのタネ】
「この景色を眺めながらおむすびを食べるのを想像してみてください。すごくのんびりできそうじゃないですか⁉」 そう話すのは、旅するおむすび屋『むすんでひらいて』という名で活動している菅本香菜(すがもとかな)さん。 『むすんでひらいて』は、大手クラウドファンディングサービス会社CAMPFIREで働く菅本さんと、新潟でお米屋さんをしている吉野さくらさんが2017年からはじめたプロジェクト。
菅本香菜(すがもとかな)さん。渋谷「100BANCH(ヒャクバンチ)」にて
『むすんでひらいて』の主な活動のひとつは、日本各地で開催する地域の食材を使ったおむすびをむすぶワークショップ。「みんなでむすんで、みんなで食べる」というシンプルなこのワークショップは、プロジェクト開始から日本中で開催希望の声が上がり、わずか半年あまりで全国16か所、計40回も開催されました。 「私たちが目指すのは“きっかけづくり”なんです」と話す菅本さん。 果たしてどんなきっかけをつくっているのか。この活動を始めたきっかけにはどんなことがあったのか。菅本さんにお話をうかがいました。 ※写真は有明海を臨むみかん畑からの景色。有明の海苔漁師さんと「おむすびを食べるツアー」時のもの(写真提供:むすんでひらいて)
食の楽しさを再発見し、地域交流を生む「おむすびワークショップ」
おむすびワークショップの様子。一番右の白いエプロンをかけた女性が一緒にプロジェクトを立ち上げた吉野さくらさん(写真提供:むすんでひらいて)
おむすびワークショップはプロジェクト開始から半年が経ち、週に1度か2度は地方で開催されるほどの盛況ぶりです。参加者の幅は広く、年配の方もいれば小学生も参加しているそう。 「ワークショップに参加された方からは『あったかい気持ちになった』という声が多く届きます。はじめておむすびを結んで楽しさに目覚め、家でおむすびを結ぶようになった人もいます。ワークショップイベントがその場限りのものではなく、参加者が“あったかい気持ち”ごと普段の暮らしに持ち帰ってもらえるのが嬉しいですね」(菅本さん) おむすびを結ぶというシンプルなテーマには、日常で再現しやすいという利点がありました。 「忙しくて時間がない人でもおむすびは簡単に結ぶことができますよね。ふだんはインスタント食品で夕ご飯を済ませている人が、ご飯を炊いておむすびを結ぶ時間をもつことで少しでも満ち足りた気持ちになってくれれば、食事が楽しいものだと感じるきっかけになると思っています」(菅本さん)
ワークショップ参加者のメッセージが書き込まれたスケッチブック。楽しそうなイベントの雰囲気が伝わってくる
また、おむすびワークショップは地域内の新しい交流を生むきっかけにもなっています。 「ワークショップに参加した高校生が、イベント後に同じようなワークショップを小学生向けに企画し、開催してくれました。おむすびひとつでも、生まれ育った地域の暮らしについて改めて考えるきっかけにも、世代間を超えたコミュニケーションのきっかけにもなっているんです」(菅本さん) 菅本さんは食べることの話になると本当に楽しそうに話します。 その明るさの裏には10代のころの“食べられなかった”つらい体験がありました。
闘病生活を経て知った食の楽しさ、尊さを伝えたい
「生きるか死ぬかの瀬戸際でした」と振り返る菅本さん。闘病生活で一番ひどかった時期は体重が23キロまで落ち込んだとのこと
「とにかく食卓が大嫌いだったんです」菅本さんは当時をこう振り返ります。 菅本さんは中学から高校にかけて人間関係の悩みから拒食症になりました。明るく朗らかな今の印象からは想像ができない暗い過去です。 「見た目も痩せ細ってしまうと、見るからに“病人”なんですよね。食卓を囲み、食事を前にして『なんで食べないの?』『食べたほうがいいよ』と気を遣って声をかけられるのもとてもつらかった。声をかけられるのが嫌で食卓とも人ともどんどん距離を置くようになりました」(菅本さん) 身も心もどん底だった菅本さんに、回復のきっかけを与えてくれたのは高校2年生のときに出会ったひとりの友人でした。
「あのつらかった経験を活かすことが私の役目」と話す菅本さん。今では食の楽しさを教えてもらいたい人たちが毎日のように菅本さんを囲みます(写真提供:むすんでひらいて)
「特に励ましや優しい言葉をかけられたわけではなかったんです。その友人は食べられない私と食卓を囲んでも何も聞かず、ただただ楽しい話を投げかけてくれた。それがとにかく嬉しくて。食卓にいてもいいんだ、と安心させてくれました」(菅本さん) 苦痛だった食卓が楽しい空間に変わる。それだけのことでも菅本さんを回復に向かわせるには十分でした。友人との出会いをきっかけにちょっとずつごはんを食べられるようになり、大学入学時にはほぼ完治している状況まで回復しました。 「闘病期間を経てわかることは、楽しいコミュニケーションの中心には食卓があるということ。そして当たり前ですが、食べることそのものが身体を作っているということです。だから食べることの楽しさと尊さを伝えていく仕事をしたいと思ったんです」(菅本さん)
生産者と食べる人を結ぶ「おむすびツアー」
有明海で行われた「おむずびツーリズム」時の写真(写真提供:むすんでひらいて)
「生産者と食べる人をもっとつなげていきたいと思っています。生産者の声を食べる人に届けることと、食べた人の“声”を生産者に伝えること、その両方をより届きやすい形で届けていきたい。生産者と食べる人の“結び目”になることが今後のミッションです」(菅本さん)
菅本さんの想いは「おむすびツーリズム」という形ですでにスタートしています。
おむすびに使われる塩や海苔の生産者に会いにいくツアー型の取り組みで、現地では生産者の話をうかがい食の理解を深めるとともに、生産者と一緒に自然に囲まれた場所でおむすびを食べます。
「この動画を見てみてくれれば素敵な雰囲気が伝わると思います!」と意気込んで教えてもらった動画がこちら。
旅するおむすび屋さん from Keigo Kawaida on Vimeo
「おむすびひとつで地域のおもしろさを伝えていけると思っています。お米も海苔も具材も地域によって異なりますから。さらに食べながら聞くことで、より楽しく、よりやさしく知ることができると思っています。さて。ここまで聞いたら実際に食べてみたくなりませんか?実はご飯を炊いて準備しているんです」(菅本さん)
ツアー時は、こんな素晴らしい景色を見ながらおむすびを食べることができる(写真提供:むすんでひらいて)
ぜひ食べさせてくださいと、菅本さんが結ぶおむすびをいただくことになりました。 菅本さんはおむすびを結びながら、海苔漁師さんや塩の生産者さんについて、生産者さんの背景や地域性なども含めてていねいに教えてくれました。
山口県油谷島で塩づくりをしている『百姓庵』の「百姓の塩」(写真右上)は旨みがギュッと詰まった味。海苔は3種類を用意(写真右下)。左から、青のりの風味が特徴の宮城県東松原で海苔漁師を営む相澤太さんの「寒空一番摘み」、磯の香りが食欲をそそる「かぎろい」とパリパリの食感とほのかに残る甘みが特徴の「たそがれ」はともに浦山幹弥さんが熊本有明海で作ったもの
「海苔と塩とお米、すべておむすびに最適なものをセレクションしています。美味しいでしょう?」(菅本さん) いただいたおむすびのお米はほどよく口の中でほどけ、塩は旨みが立ち、3種類いただいた海苔はすべて個性があり、それでいてどこか懐かしさを感じる美味しさ。気付けば4つも平らげてしまいました。
取材後には、おむすびに使われた塩と海苔についてインターネット通販をしていないかとgoogleで検索したほどでした
取材から数日後、「実は新しいサービスをはじめまして…」と連絡をくれた菅本さん。 「SISSO」というオンラインショップを始めたとのことでした。 「ワークショップで伝えていることやツアーで体験してもらったことを、日常にもっと持ち帰ってもらいたい。さらには参加できなかった人にも商品を通じて食に興味をもってもらえたら」という思いで始めたこちらのオンラインショップは、今回の記事に掲載している海苔や塩も今後販売していく予定です。
ECサイト「SISSO」はコチラ
--------- 「この活動のゴールはどこにあるのでしょう?」という最後の質問に対して菅本さんは、「私たちの食の活動を通じて、ひとりひとりの世界を拡げ、少しでも生きやすくなるきっかけをつくること」だと結びました。 とても壮大な目標です。 そしてとても遠い目標だと感じました。 それでも菅本さんは今日も日本のどこかで、生産者の声を聴き、満面の笑みでおむすびを結びながら食の楽しさを伝えています。その場で楽しさを受け取り持ち帰った人たちは、各々の家庭で、職場で、学校で、地域で、食の楽しさを伝えていくことでしょう。 誰かに伝え共感してもらうことは、自分が誰かの“結び目”になれているという「安心」を生みます。つながっている人が近くにも遠くにも確かにいるという安心感こそが「世界を拡げ生きやすくする」スタートであり、『むすんでひらいて』はその起点になっていくのではないだろうか、そんなことを思いました。
文・写真:平山高敏 写真協力:川井田圭吾 編集:島田零子
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